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明治開化 安吾捕物
めいじかいか あんごとりもの
作品ID43223
副題21 その二十 トンビ男
21 そのにじゅう トンビおとこ
著者坂口 安吾
文字遣い新字新仮名
底本 「坂口安吾全集 10」 筑摩書房
1998(平成10)年11月20日
初出「小説新潮 第六巻第一〇号」1952(昭和27)年8月1日
入力者tatsuki
校正者松永正敏
公開 / 更新2006-08-10 / 2016-03-31
長さの目安約 58 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 楠巡査はその日非番であった。浅草奥山の見世物でもひやかしてみようかと思ったが、それもなんとなく心が進まない。言問から渡しに乗って向島へ渡り、ドテをぶらぶら歩いていると、杭にひっかかっている物がある。一応通りすぎたが、なんとなく気にかかって、半町ほど歩いてから戻ってきてそれを拾い上げた。
 油紙で包んで白糸で結ばれている。白糸はかなり太くて丈夫な糸だが、タコをあげる糸らしい。相当大ダコに用いる糸であろう。包みをあけると、中から現れたのは人間の太モモと足クビであった。左足の太モモ一ツ、右足の足クビから下のユビまでの部分が一ツである。楠はおどろいて、自分のつとめる警察へそれを持参した。これが二月三日である。
 警察はそれほど重く考えなかった。この辺は斬った張ったの多いところで、その連中が腕や脚を斬り落されるようなことは特別珍しくもないところだ。いずれそのテアイが始末に困って包みにして川へ投げこんだのだろうと軽く考えた。土地柄、当然な考えであったのである。
 楠も大方そんなことだろうと同感して特にこだわりもしなかったが、それから二日目、二月五日の午さがりに、用があってタケヤの渡しで向島へ渡り、さて用をすまして渡し舟の戻ってくるのを待つ間、なんとなくドテをブラブラ歩きだすと、また岸の草の中に油紙の包みが流れついているのに気がついた。おどろいて拾いあげてみると、まさしく同じ物。中から現れたのは、左の腕と右のテノヒラであった。
「こいつは妙だ。このホトケがオレに何かささやいているんじゃないかな。一足ちがいで渡し舟が出たこと、なんとなくブラブラとドテを歩きたくなったこと。なんとなく何かに支配されているような気がするなア。二日前に奥山へ遊びに行こうと歩きかけて、なんとなく気が変って渡しに乗ってドテを歩いたのも、思えば今日と同じように見えない糸にひかれているようなアンバイだなア」
 楠は妖しい気持に思いみだれつつこれを署へ持ち帰った。
 新しい包みは左の二の腕、つまり肩からヒジまでの部分と、右の手クビから下、つまりテノヒラである。最初の包みは片モモと足クビから下の部分。するとこの死体はよほどバラバラに切り分けられているに相違ない。
 バラバラ事件もこうまでこまかくバラバラになると、日本語ではまことに説明がヤッカイである。つまり手といい腕といい、また足といっても明確ではないからだ。解剖学なぞではチャンとそれぞれのこまかい部分に至るまで名詞があるに相違ないが、日常の言葉の方では甚だアイマイだ。
 肩からヒジまでの部分は昔はカイナなぞと云ったのがここに当るのだそうだが、今は俗に「二の腕」と云って、とにかく名称がある。ところがヒジから手クビまでとなると、これを示す明確な名称がない。上半分を二の腕と云うのだから、下半分は一の腕。そんな名称はないが、つまり上半分が二の腕に対して、下半分は…

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