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45回転の夏
よんじゅうごかいてんのなつ |
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作品ID | 4325 |
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副題 | 第1章 ローラーコースター、1966年 だいいっしょう ローラーコースター、せんきゅうひゃくろくじゅうろくねん |
著者 | 鶴岡 雄二 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「45回転の夏」 新潮社 1994(平成6)年7月20日 |
初出 | 「45回転の夏」新潮社、1994(平成6)年7月20日 |
入力者 | 鶴岡雄二 |
校正者 | Y.N. |
公開 / 更新 | 2001-12-12 / 2019-08-28 |
長さの目安 | 約 276 ページ(500字/頁で計算) |
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1
すべては、
そういうぐあいにはじまった
馬鹿げているけれど、
ほんとうなんだ
バス・ストップ
ホリーズ
[#改段]
高圧線の鉄塔が立つ山のむこうは、もう鎌倉市なのだが、県道の両側は横浜市の南端になる。
入寮の日、滝口慶一は、県道から入る校舎への坂道の途中で、畑をはさんだむこうにある、竹が生いしげった小高い丘の下から、煙が立ちのぼっているのを見た。
車を運転していた父親は、あれは炭焼きだな、と呆れたようにいった。
たしかに、海側を走る十六号線と、山側を走る一号線という二本の国道にはさまれた、あるいは、内陸を走る国鉄と、海沿いを走る私鉄にはさまれたこの一帯は、あまり人の住まないところで、低い山が折り重なり、そのあいだに複雑な谷間がひろがっている。
この地形をそのまま生かしたキャンパスの周囲には、人家は見えなかった。ゆるやかな山なみのあいだに、段丘につくられた畑が、わずかに顔をのぞかせているだけだ。
この新設の全寮制中学高等学校に入るのは、じぶんで決めたことなので、慶一は新しい生活をおそれてはいなかったが、ひとつだけ気がかりなことがあった。
四月二十九日にはじまる連休まで、まったく寮を出られない。今年になってはじまった、テレビの[#挿絵]ゴーゴー・フラバルー[#挿絵]や、[#挿絵]ハニーにおまかせ[#挿絵]を見られなくなることをのぞけば、寮から出られないこと自体は、それほど問題ではない。
いや、もちろん、[#挿絵]ワイルド・ウェスト[#挿絵]だって、[#挿絵]ナポレオン・ソロ[#挿絵]だって、[#挿絵]それ行けスマート[#挿絵]だって、今月からはじまる[#挿絵]バットマン[#挿絵]だって、気にならないわけではないが、テレビのことは考えても意味がないから、考えないことにした。
問題は、四月十五日に、ビートルズの新しいLPが発売されることだ。いまのところ、慶一の音楽的関心はこの一点に集中していた。
今年、ビートルズが日本にくる、というウワサもあるが、そちらのほうはあまり信じていなかった。ビーチボーイズやハーマンズ・ハーミッツはきても、ビートルズが日本なんかにくるわけがない。
レコード屋にいけるのは、四月二十八日の午後だろう。十三日も遅れるなんて、あんまりだ。昼食後に帰宅だから、一時に出て、車で家まで四〇分。レコード屋との往復に一〇分。どんなに早くても、『ラバー・ソウル』の一曲目を聴けるのは、四月二十八日午後一時五〇分だ。
小学校最後の一年、一九六五年から六六年の二月までは、慶一は勉強にいそがしかったはずだが、そんなことより、ノーキー・エドワーズとドン・ウィルスンが奏でるグリサンドや、姉さんがビートルズ・マニアだという同級生の女の子が貸してくれた、〈オール・マイ・ラヴィング〉の強力にドライヴする三連のリズム・ギター、そして、女の子たちもまじ…