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石油ランプ
せきゆランプ
作品ID43253
著者寺田 寅彦
文字遣い新字新仮名
底本 「寺田寅彦全集 第七巻」 岩波書店
1997(平成9)年6月5日
初出「文化生活の基礎」1924(大正13)年1月
入力者Nana ohbe
校正者noriko saito
公開 / 更新2004-12-16 / 2014-09-18
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

(この一篇を書いたのは八月の末であった。九月一日の朝、最後の筆を加えた後に、これを状袋に入れて、本誌に送るつもりで服のかくしに入れて外出した。途中であの地震に会って急いで帰ったので、とうとう出さずにしまっておいた。今取出して読んでみると、今度の震災の予感とでも云ったようなものが書いてある。それでわざとそのままに本誌にのせる事にした。)

 生活上のある必要から、近い田舎の淋しい処に小さな隠れ家を設けた。大方は休日などの朝出かけて行って、夕方はもう東京の家へ帰って来る事にしてある。しかしどうかすると一晩くらいそこで泊るような必要が起るかもしれない。そうすると夜の燈火の用意が要る。
 電燈はその村に来ているが、私の家は民家とかなりかけ離れた処に孤立しているから、架線工事が少し面倒であるのみならず、月に一度か二度くらいしか用のないのに、わざわざそれだけの手数と費用をかけるほどの事もない。やはり石油ランプの方が便利である。
 それで家が出来上がる少し前から、私はランプを売る店を注意して尋ねていた。
 散歩のついでに時々本郷神田辺のガラス屋などを聞いて歩いたが、どこの店にも持合わせなかった。それらの店の店員や主人は「石油ランプはドーモ……」と、特に「は」の字にアクセントをおいて云って、当惑そうな、あるいは気の毒そうな表情をした。傍で聞いている小店員の中には顔を見合せてニヤニヤ笑っているのもあった。おそらくこれらの店の人にとって、今頃石油ランプの事などを顧客に聞かれるのは、とうの昔に死んだ祖父の事を、戸籍調べの巡査に聞かれるような気でもする事だろう。
 ある店屋の主人は、銀座の十一屋にでも行ったらあるかも居〔知〕れないと云って注意してくれた。散歩のついでに行って見ると、なるほどあるにはあった。米国製でなかなか丈夫に出来ていて、ちょっとくらい投り出しても壊れそうもない、またどんな強い風にも消えそうもない、実用的には申し分のなさそうな品である。それだけに、どうも座敷用または書卓用としては、あまりに殺風景なような気がした。
 これは台所用としてともかくも一つ求める事にした。
 蝋燭にホヤをはめた燭台や手燭もあったが、これは明るさが不充分なばかりでなく、何となく一時の間に合せの燈火だというような気がする。それにランプの焔はどこかしっかりした底力をもっているのに反して、蝋燭の焔は云わば根のない浮草のように果敢ない弱い感じがある。その上にだんだんに燃え縮まって行くという自覚は何となく私を落着かせない。私は蝋燭の光の下で落着いて仕事に没頭する気にはなれないように思う。
 しかし何かの場合の臨時の用にもと思ってこれも一つ買う事にはした。
 肝心の石油ランプはなかなか見付からなかった。粗末なのでよければ田舎へ行けばあるだろうとおもっていたが、いよいよあたって見ると、都に近い田舎で電燈のな…

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