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![]() いっぽんのわら |
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作品ID | 43458 |
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著者 | 楠山 正雄 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「日本の古典童話」 講談社学術文庫、講談社 1983(昭和58)年6月10日 |
入力者 | 鈴木厚司 |
校正者 | 林幸雄 |
公開 / 更新 | 2006-09-24 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 12 ページ(500字/頁で計算) |
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一
むかし、大和国に貧乏な若者がありました。一人ぼっちで、ふた親も妻も子供もない上に、使ってくれる主人もまだありませんでした。若者はだんだん心細くなったものですから、これは観音さまにお願いをする外はないと思って、長谷寺という大きなお寺のお堂におこもりをしました。
「こうしておりましては、このままあなたのお前でかつえ死にに死んでしまうかも知れません。あなたのお力でどうにかなるものでしたら、どうぞ夢ででもお教え下さいまし。その夢を見ないうちは、死ぬまでここにこうしておこもりをしておりますから。」
こういって、その男は観音さまの前につっ伏しました。それなり幾日たっても動こうとはしませんでした。
するとお寺の坊さんがそれを見て、
「あの若者は毎日つっ伏したきり、物も食べずにいる様子だが、あのまま置いてかつえ死にに死なれでもしたら、お寺の汚れになる。」
とぶつぶつ口小言をいいながら、そばへ寄って来て、
「お前はだれに使われている者だ。いったいどこで物を食べるのか。」
と聞きました。若者はとろんとした目を少しあけて、
「どうしまして、わたしのような運の悪い者は使ってくれる人もありません。ごらんのとおり、もう幾日も何も食べません。せめて観音さまにおすがり申して、生きるとも死ぬとも、この体をどうにでもして頂こうと思うのです。」
といいました。坊さんたちはそこで相談して、
「困ったものだな。うっちゃっておくわけにもいかない。仮にも観音さまにお願い申しているというのだから、せめて食べ物だけはやることにしよう。」
といって、みんなで代わる代わる、食べ物を持って行ってやりました。若者はそれをもらって食べながら、とうとう三七二十一日の間、同じ所につっ伏したまま、一生懸命お祈りをしていました。
いよいよ二十一日のおこもりをすませた明け方に、若者はうとうとしながら、夢を見ました。それは観音さまのまつられているお帳の中から、一人のおじいさんが出てきて、
「お前がこの世で運の悪いのは、みんな前の世で悪いことをしたむくいなのだ。それを思わないで、観音さまにぐちをいうのは間違っている。けれども観音さまはかわいそうにおぼしめして、少しのことならしてやろうとおっしゃるのだ。それでとにかく早くここを出ていくがいい。ここを出たら、いちばん先に手にさわったものを拾って、それはどんなにつまらないものでもだいじに持っているのだ。そうすると今に運が開けてくる。さあそれでは早く出ていくがいい。」
と追い立てるようにいわれたと思うと、ふと目を覚ましました。
若者はのそのそ起き上がって、いつものとおり坊さんの所へ行って、食べ物をもらって食べると、すぐにお寺を出ていきました。
するとお寺の大門をまたぐひょうしに、若者はひょいとけつまずいて、前へのめりました。そしてころんだはずみに、見る…