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姨捨山
おばすてやま
作品ID43460
著者楠山 正雄
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の諸国物語」 講談社学術文庫、講談社
1983(昭和58)年4月10日
入力者鈴木厚司
校正者土屋隆
公開 / 更新2006-11-14 / 2014-09-18
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     一

 むかし、信濃国に一人の殿様がありました。殿様は大そうおじいさんやおばあさんがきらいで、
「年寄はきたならしいばかりで、国のために何の役にも立たない。」
 といって、七十を越した年寄は残らず島流しにしてしまいました。流されて行った島にはろくろく食べるものもありませんし、よしあっても、体の不自由な年寄にはそれを自由に取って食べることができませんでしたから、みんな行くとすぐ死んでしまいました。国中の人は悲しがって、殿様をうらみましたけれど、どうすることもできませんでした。
 すると、この信濃国の更科という所に、おかあさんと二人で暮らしている一人のお百姓がありました。ところがおかあさんが今年七十になりますので、今にも殿様の家来が来てつかまえて行きはしないかと、お百姓は毎日そればっかり気になって、畑の仕事もろくろく手がつきませんでした。そのうちとうとうがまんができなくなって、「無慈悲な役人なんぞに引きずられて、どこだか知れない島に捨てられるよりも、これはいっそ、自分でおかあさんを捨てて来た方が安心だ。」と思うようになりました。
 ちょうど八月十五夜の晩でした。真ん丸なお月さまが、野にも山にも一面に照っていました。お百姓はおかあさんのそばへ行って、何気なく、
「おかあさん、今夜はほんとうにいい月ですね。お山に登ってお月見をしましょう。」
 といって、おかあさんを背中におぶって出かけました。
 さびしい野道を通り越して、やがて山道にかかりますと、背中におぶさりながらおかあさんは、道ばたの木の枝をぽきんぽきん折っては、道に捨てました。お百姓はふしぎに思って、
「おかあさん、なぜそんなことをするのです。」
 とたずねましたが、おかあさんはだまって笑っていました。
 だんだん山道を登って、森を抜け、谷を越えて、とうとう奥の奥の山奥まで行きました。山の上はしんとして、鳥のさわぐ音もしません。月の光ばかりがこうこうと、昼間のように照り輝いていました。
 お百姓は草の上におかあさんを下ろして、その顔をながめながら、ほろほろ涙をこぼしました。
「おや、どうおしだ。」
 とおかあさんがたずねました。お百姓は両手を地につけて、
「おかあさん、堪忍して下さい。お月見にといってあなたを誘い出して、こんな山奥へ連れて来たのは、今年はあなたがもう七十になって、いつ島流しにされるか分からないので、せめて無慈悲な役人の手にかけるよりはと思ったからです。どうぞがまんして下さい。」
 といいました。
 するとおかあさんは驚いた様子もなく、
「いいえ、わたしには何もかも分かっていました。わたしはあきらめていますから、お前は早くうちへ帰って、体を大事にして働いて下さい。さあ、道に迷わないようにして早くお帰り。」
 といいました。
 お百姓はおかあさんにこういわれると、よけい気の毒になって、い…

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