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磯馴松
そなれまつ
作品ID43508
著者清水 紫琴
文字遣い新字旧仮名
底本 「紫琴全集 全一巻」 草土文化
1983(昭和58)年5月10日
初出「女学雑誌」1897(明治30)年2月25日、3月10日
入力者小林繁雄、門田裕志
校正者松永正敏
公開 / 更新2004-10-07 / 2014-09-18
長さの目安約 18 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

   上

 ゲエープツ、ああ酔つたぞ酔つたぞ真実に好い心持に酔つて。かう酔つた時の心持は実に何ともいへないや。嬶が怒らうが、小児が泣かうがサ、ハハハハゲエープツ、ああ好い心持だ。こんな心持は天下様でも恐らく御存じはあんめえ。チヤアンと何もかも御存じなのは、お月様ばかりだ。お月様てえ奴は実に憎くない奴よ、おらがあすこでもつて飲んでる時アどうだ甘いだらうと、いつたやうな顔付でもつて見てござる。いざ帰らうとなると、チヤアンと外へ出て、先に立つて歩行てござらア。いくら酔つても溝へ落つこちないのは、全くお月様のお蔭なんだ。全くだ実に有難てえや。その上かうして家まで送つて下さつたからツて、嬶アに告げ口一ツなさらうぢやなし、送り込んどいてずんずんと西へ西へとお歩行なさる。実にそこは大気なものさネ。たまにやア一ペイお上がんなさいと申し上げたいんだけれど、下界は嫌だと見向きもなさらないところがえれえやハハハハ。いやえれえといへば今晩の嬶アの権幕もまたえれえ事だらうよ。あれでももとはまんざら話せねえ女でもなかつたんだけれど、世帯を持つて小児が出来てからといふものは、そこは女の浅ましさだネ。お前さんはなる口だけに、気が捌けてて嬉しいよと、あいつめ背中を叩きアがつた事を忘れてサ、そんなに飲んぢやいけない、あんなに酔つちやア済まねえと、毎日日にちおれを意地めやアがるんだ。真実に女子といふものは仕方のないものさネ。まんざら素白い素生でもねえ僻に、男の身躰は、酒で持つんだてえ事を、忘れやアがつたから、まるツきり話せねえや。オツト危険ねえ、すんでの事溝へ落つこちるところだつけ。
 空を仰ぎて
 ハハハハお月様が笑つてごさらア、あんまりおれが夢中になつて愚痴をこぼすもんだから。
 独言つつ月もあかしの町外れを、一歩は高く一歩は低く、ひよろりひよろりと来かかる男、煮染めたやうな豆絞りの手拭、だらしなく肩に打掛けて、仕事着の半纏も、紺といはれしは、いつの昔の事やらむ。年月熟柿の香に染みて、夜眼には鳶とも見紛ふべきが、片肌はぬげかかりて、今にも落ちさうなるには心付かねど、さすが生酔の本性は違はでや、これも人の住家にやと、怪しまるるあばら屋の門辺にて立止まり、
 ここだここだ違げへねえ違げへねえ、いくら酔つても、この家を、覚えてるところがえれえぢやねえか。じやアお月様、御免なさいし、毎度どうも有難うがす。
 振向きたるまま、さらでも倒れかけし表戸に、ドサリ身を寄せ掛けたれば、メキメキと音して戸とともに転げ込みし身を、やうやくに起こして、痛き腰を撫でながら、
 チヨツ危険ねえや、こんな戸を鎖しとくもんだから、ヲイお千代火を見せてくんな、まるで化物屋敷へ踏ン込んだやうだ。
 呼べど答へなきにニタリと笑ひ、
 ウウ山の神はもう寝ツちまつたんだな、まづは安心上々吉の首尾だ。また遅いとか早えとかいつて、厳し…

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