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入院患者
にゅういんかんじゃ |
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作品ID | 43524 |
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原題 | The Resident Patient |
著者 | ドイル アーサー・コナン Ⓦ |
翻訳者 | 三上 於菟吉 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「世界探偵小説全集 第三卷 シヤーロツク・ホームズの記憶」 平凡社 1930(昭和5)年2月5日 |
入力者 | 京都大学電子テクスト研究会入力班 |
校正者 | 京都大学電子テクスト研究会校正班 |
公開 / 更新 | 2004-10-03 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 47 ページ(500字/頁で計算) |
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私の友シャーロック・ホームズ独特な人格をよく出しているお話をしようと思って、たくさんの私の記憶をさがす時、私はいつもあらゆる方面から私の目的に添うような話をさがし出そうとして苦労するのである。なぜなら、ホームズがその心理解剖に全力を注いだと思われるような事件、あるいはまた犯罪捜査に特別な方法を見せたと思われような事件は、事実において、みなさんにお話してもつまらないだろうと思われるような簡単な普通な事件が多いのだ。またその反対に、事件がかなり特異なもので劇的なものを彼が捜査した場合もあるのだが、そうした時にはしばしば、彼は彼の伝記作者として私が話してほしいと思っているにもかかわらず、何も話してくれなかったのである。私が『真紅の研究』と題して集めた小事件、またグロリア・スコット号の消失事件と共にあつめてあるもの、そうしたものは、彼の研究を永遠に悩ますであろう所の彼の両面、――シルラと渦巻(訳者註――イタリーのメッシナ海峡にはシルラと称する六頭の怪物と大渦巻とありて、その海峡をすぐる船はその二つのうち、いずれかの一つに必ず捕われたりと云う)――の好見本である。――ところでこれからお話しようと思っている事件については、実はホームズはそれほど充分に活躍してはいないのだ。が、しかもなお、その事件のすべてのつながりは、彼の伝記的物語から、これを除外することがどうしても出来ないほど、特異なものなのである。
それは十月の陰鬱な雨の日であった。私達は鎧戸を半分とざして、ホームズはソファの上に横わりながら、その朝郵送された一通の手紙をくり返し読んでいた。――私はインド勤務のおかげで、寒さよりは暑さのほうがしのぎよく、九十度ぐらいの温度は苦しくはなかった。――しかし読みつづけていた新聞はつまらなかった。議会が初まっていた。人々はみんな町から出かけていっていたが、私はニュウ・フォレスト森林の中にある草原や、サウス・シーの海岸にある砂浜にあこがれていた。帳尻の合わなくなった銀行勘定が、私に祝祭日をのばさなくてはならないようにしてしまったのである。――けれどもホームズには田舎も海も少しも魅力を持ってはいなかった。彼は百万の大衆の真ただ中に寝ころんで、空想と推理の糸を自由自在にひろげたりたどったりして、いろいろな未解決な問題に暗示を与えたりすることのほうを愛していた。自然の鑑賞力、そう云うものは彼のたくさんの才能の中にも座をしめることは出来なかったのだ。だから彼が田舎へ行くと云うことも、結局は都会の犯罪をさがすため、田舎の彼の兄弟の跡をつけて行くと云うような場合にすぎないのであった。
私は、ホームズがしゃべりすぎていると云うことが分かったので、無味乾燥な新聞を側らにほうりなげて、椅子にうずまって黙想に耽った。と、ふいにホームズの声が、私の意識を呼びさました。
「君の云う通りだよ、ワト…