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気絶人形
きぜつにんぎょう
作品ID43530
著者原 民喜
文字遣い新字新仮名
底本 「原民喜戦後全小説下」 講談社文芸文庫、講談社
1995(平成7)年8月10日
入力者Juki
校正者土屋隆
公開 / 更新2007-11-15 / 2014-09-21
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より




 くるくるくるくる、ぐるぐるぐるぐる、そのお人形はさっきから眼がまわって気分がわるくなっているのでした。ぐるぐるぐるぐる、くるくるくるくる、そのお人形のセルロイドのほおは真青になり、眼は美しくふるえています。みんなが、べちゃくちゃ、べちゃくちゃ、すぐ耳もとでしゃべりつづけているのです。暗いボール箱から出してもらい、薄い紙の目かくしをはずしてもらい、ショーウインドに出して並べてもらったのでみんな大はしゃぎなのです。
「自動車が見えるよ」
「わあ、あの人、可愛いい犬連れてたのしそうに歩いています」
「おお、早くクリスマスがやって来ないかな」
 お人形たちは、みんなてんでにこんなことをしゃべっていましたが、そのなかに一人、今とても気分がわるくなっている人形がいました。はじめて眼の前に街の景色が見えて来たり、あんまりいろんなものが見えるので、そのお人形は目がまわったのかもしれません。そのお人形の顔は、とてもさびしそうでした。そのうちに、ほかのお人形たちも、その人形の様子に気がつきました。
「まあ、どうしたの、お顔が真青よ。早くおクスリ」と、誰かが心配そうにいいました。そういわれると、その人形は一そう青ざめて来ました。とうとう足がふるえて、バタンと前に倒れてしまいました。
 人形屋の主人は倒れている、そのお人形をとりあげて、足のところを調べてみました。別に足が痛んでいるわけでもなかったのでまたもとどおり、ショーウインドのなかに立たせておきました。
 くるくるくるくる、ぐるぐるぐるぐる、そのお人形はまた眼がまわって気分がわるくなりそうでした。べちゃくちゃ、べちゃくちゃ、みんなはすぐ耳もとでしゃべりつづけます。
「まあ、あんた、どうしたのお顔が真青」
 また誰かがこんなことをいいました。でも、こんどは一生けんめい、我まんしました。そのお人形は、あんまりいろんなものが見えてくるので、疲れるのかもしれません。生れつき、ほかの人形たちより弱いのかもしれません。でもじっと我まんしている姿は、とても美しく立派に見えました。今にもバタンと前に倒れそうなのに、眼は不思議にかがやいていました。
 ショーウインドの前に立って、熱心に人形をながめていた、一人の少女は、人形屋の主人をよんでその人形をゆびさしました。それから、そのお人形は少女の手に渡されました。その温かい手のなかににぎられると、急にその人形のほおの色はいきいきとしてきました。もう、これからは気絶したりすることはないでしょう。



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