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水鬼
すいき
作品ID43546
著者岡本 綺堂
文字遣い新字新仮名
底本 「異妖の怪談集 岡本綺堂伝奇小説集 其ノ二」 原書房
1999(平成11)年7月2日
初出「講談倶樂部」1924(大正13)年9月
入力者網迫、土屋隆
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2005-08-21 / 2014-09-18
長さの目安約 39 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     一

 A君――見たところはもう四十近い紳士であるが、ひどく元気のいい学生肌の人物で、「野人、礼にならわず。はなはだ失礼ではありますが……。」と、いうような前置きをした上で、すこぶる軽快な弁舌で次のごとき怪談を説きはじめた。

 僕の郷里は九州で、かの不知火の名所に近いところだ。僕の生れた町には川らしい川もないが、町から一里ほど離れた在に入ると、その村はずれには尾花川というのがある。ほんとうの名を唐人川というのだそうだが、土地の者はみな尾花川と呼んでいる。なぜ唐人川というのか、僕もよく知らなかったが、昔は川の堤に芒が一面に生い茂っていたというから、尾花川の名はおそらくそれから出たのだろうと思われる。もちろん大抵の田舎の川はそうだろうが、その川の堤にも昔の名残りをとどめて、今でも芒が相当に茂っているのを、僕も子供のときから知っていた。
 長い川だが、川幅は約二十間で、まず隅田川の四分の一ぐらいだろう。むかしから堤が低く、地面と水との距離がいたって近いので、ややもすると堤を越えて出水する。僕の子供のときには四年もつづいて出水したことがあった。いや、これから話そうとするのは、そんな遠い昔のことじゃあない。といって、きのう今日の出来事ではない、僕の学生時代、今から十五六年前のことだと思いたまえ。
 そのころ僕は東京に出ていたのだが、その年にかぎって学校の夏休みを過ぎてもやはり郷里に残っていた。そのわけはだんだんに話すが、まず僕が夏休みで帰郷したのは忘れもしない七月の十二日で、僕の生れた町は停車場から三里余りも離れている。この頃は乗合自動車が通うようになったが、その時代にはがたくりの乗合馬車があるばかりだ。人力車もあるが、僕はさしたる荷物があるわけではなし、第一に値段がよほど違うので、停車場に降りるとすぐに乗合馬車に乗込んだ。
 汽車の時間の都合がわるいので、汽車を降りたのは午後一時、ちょうど日ざかりで遣りきれないと思ったが、日の暮れるまでこんな所にぼんやりしている訳にもいかないので、汗をふきながら乗合馬車に乗込むと、定員八人という車台のなかに僕をあわせて乗客はわずかに三人、ふだんから乗り降りの少ないさびしい駅である上に、土地の人は人力車にも馬車にも乗らないで、みんな重い荷物を引っかついですたすた歩いて行くというふうだから、大抵の場合には馬車満員ということのないのは僕もかねて承知していたが、それにしても三人はあまりに少な過ぎる。しかしまあ少ない方に間違っているのは結構、殊に暑いときには至極結構だと思って、僕は楽々と一方の腰掛けを占領していると、向う側に腰をおろしているのは、僕とおなじ年頃かと思われる二十四五の男と、十九か二十歳ぐらいの若い女で、その顔付きから察するに彼等はたしかに兄妹らしく見られた。
 ここで僕の注意をひいたのは、この兄妹の風俗の全然相違して…

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