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頸飾り
くびかざり
作品ID43555
原題LA PARURE
著者モーパッサン ギ・ド
翻訳者辻 潤
文字遣い新字新仮名
底本 「辻潤全集 第八巻」 五月書房
1982(昭和57)年10月30日
初出「実験教育指針」1908(明治41)年9月
入力者京都大学電子テクスト研究会入力班
校正者京都大学電子テクスト研究会校正班
公開 / 更新2004-10-22 / 2019-12-30
長さの目安約 17 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 その女というのは男好きのしそうなちょっと見奇麗な娘であった。このような娘は折々運命の間違いであまりかんばしくない家庭に生まれてくるものである。無論、持参金というようなものもなく、希望など兎の毛でついた程もなかった。まして金のある上流の紳士から眼をつけられて愛せられ、求婚されるというようなことは夢にもありはしない。とかくして、彼女はある官庁の小役人の処に嫁くこととなった。
 華美に衣飾ることなど出来ようはずがない。で彼女は仕方なく質素な服装をしていた。けれど心中は常時も不愉快で、自分がまさに行くべき位置に行くことも出来ず、みすみす栄ない日々の生活を送らなければならないのかと真から身の不幸せを歎いていた。成程女は氏なくして玉の輿という、生来の美しさ、優やかさ、艶やかさ、それらがやがて地位なり、財産というものなのだ。それを他にしてなにがなる? それさえあれば下町の娘も高貴の令嬢もあまり変わりはない――道理なことである。
 彼女は自分が充分に栄誉栄華をする資格に生まれてきたと念うと、熟々今の生涯が嫌になる、彼女は一日もそれを思い煩わぬ日とてはなかった。住居の見すぼらしさ、壁は剥げている、椅子は壊れかかっている、窓掛けは汚れくさっている、このようなことは彼女と同じ境遇にいる女のあまり気にも留めなかったことであろう。けれど彼女はもうちょっとしたことにも気をエラエラさして、我れと我が身を苦しめていた。しかし、時にはプレトン辺りの農夫の妻が骨身を惜まず真っ黒になって働いている光景などを思い浮かべて、自分が果敢ない空想の徒なことを恥ずかしくも浅ましいことに思わないでもなかった。けれどそれもしばし、彼女はやがてまた元の夢に返った。静かな玄関の座敷、周囲には東洋で製作きた炎えたつような美しい帷張がかかっている。高い青銅で出来た燭台が置かれてある、室内は暖炉の温か味で程よくなっている、傍の肱掛け椅子には逞ましい馬丁風の男が二人睡っている。と思うと古代の絹かなにかで飾りたてられた美術室、如何程価のするか解らないような種々の珍奇の骨董品やら、書画の類が巧を尽して列べられてある、さらに居間に入れば価高い香料がプンと鼻を突いて心を酔わせる。このような処で夕暮れに親しい朋友や交際場裡に誰知らぬもののない若い紳士などを集めて、くさぐさの物語に時の移りゆくを忘れたら、如何ように楽しいことであろうかと彼女はたえずこのような幻の影を追うていた。
 買ってから三日も経ったかと思われる新しいテーブル掛けのかかった食卓に夫と相対で座わる。夫はスープの皿をひきよせて、さも嬉しそうに「如何だ、この皿は今まで買った中では如何しても一番だ。ねえ、お前はどう思うね?」とたずねる。彼女はピカピカする銀製の食器、古代の人物や美しい花鳥の図の縫い取りがしてある掛け毛氈のことを夢みていた。そして、ほんのり赤味を帯びた鱒の…

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