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白髪鬼
はくはつき |
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作品ID | 43576 |
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著者 | 岡本 綺堂 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「異妖の怪談集 岡本綺堂伝奇小説集 其ノ二」 原書房 1999(平成11)年7月2日 |
初出 | 「文藝倶樂部」1928(昭和3)年8月 |
入力者 | 網迫、土屋隆 |
校正者 | 小林繁雄、門田裕志 |
公開 / 更新 | 2005-08-13 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 39 ページ(500字/頁で計算) |
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一
S弁護士は語る。
私はあまり怪談などというものに興味をもたない人間で、他人からそんな話を聴こうともせず、自分から好んで話そうともしないのですが、若いときにたった一度、こんな事件に出逢ったことがあって、その謎だけはまだ本当に解けないのです。
今から十五年ほど前に、わたしは麹町の半蔵門に近いところに下宿生活をして、神田のある法律学校に通っていたことがあります。下宿屋といっても、素人家に手入れをして七間ほどの客間を造ったのですから、満員となったところで七人以上の客を収容することは出来ない。いわば一種の素人下宿のような家で、主婦は五十をすこし越えたらしい上品な人でした。ほかに廿八九の娘と女中ひとり、この三人で客の世話をしているのですが、だんだん聞いてみると、ここの家には相当の財産があって、長男は京都の大学にはいっている。その長男が卒業して帰って来るまで、ただ遊んでいるのもつまらなく、また寂しくもあるというようなわけで、道楽半分にこんな商売を始めたのだそうです。したがって普通の下宿屋とはちがって、万事がいかにも親切で、いわゆる家族的待遇をしてくれるので、止宿人はみな喜んでいました。
そういうわけで、私たちは家の主婦を奥さんと呼んでいました。下宿屋のおかみさんを奥さんと呼ぶのは少し変ですが、前にも言う通り、まったく上品で温和な婦人で、どうもおかみさんとは呼びにくいように感じられるので、どの人もみな申合せたように奥さんと呼び、その娘を伊佐子さんと呼んでいました。家の苗字は――仮りに堀川といって置きましょう。
十一月はじめの霽れた夜でした。わたしは四谷須賀町のお酉さまへ参詣に出かけました。東京の酉の市というのをかねて話には聞いていながら、まだ一度も見たことがない。さりとて浅草まで出かけるほどの勇気もないので、近所の四谷で済ませて置こうと思って、ゆう飯を食った後に散歩ながらぶらぶら行ってみることになったのですから、甚だ不信心の参詣者というべきでした。今夜は初酉だそうですが、天気がいいせいか頗る繁昌しているので、混雑のなかを揉まれながら境内と境外を一巡して、電車通りの往来まで出て来ると、ここも露天で賑わっている。その人ごみの間で不意に声をかけられました。
「やあ、須田君。君も来ていたんですか。」
「やあ、あなたも御参詣ですか。」
「まあ、御参詣と言うべきでしょうね。」
その人は笑いながら、手に持っている小さい熊手と、笹の枝に通した唐の芋とを見せました。彼は山岸猛雄――これも仮名です――という男で、やはり私とおなじ下宿屋に止宿しているのですから二人は肩をならべて歩き始めました。
「ずいぶん賑やかですね。」と、わたしは言いました。「そんなものを買ってどうするんです。」
「伊佐子さんにお土産ですよ。」と、山岸はまた笑っていました。「去年も買って行ったから…