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妖婆
ようば
作品ID43578
著者岡本 綺堂
文字遣い新字新仮名
底本 「異妖の怪談集 岡本綺堂伝奇小説集 其ノ二」 原書房
1999(平成11)年7月2日
初出「文藝倶樂部」1928(昭和3)年4月
入力者網迫、土屋隆
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2005-08-18 / 2014-09-18
長さの目安約 20 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     一

「番町の番町知らず」という諺さえある位であるから、番町の地理を説明するのはむずかしい。江戸時代と東京時代とは町の名称がよほど変っている。それが又、震災後の区劃整理によってさらに変更されるはずであるから、現代の読者に対して江戸時代の番町の説明をするなどは、いたずらに人をまご付かせるに過ぎないことになるかも知れない。
 その理由で、わたしはここで番町という土地の変遷などについて、くだくだしく説明することを避けるつもりであるが、ただこの物語の必要上、今日の一番町は江戸時代の新道五番町(略して新五番町ともいう)と二番町、濠端一番町を含み、上二番町と下二番町は裏二番町通り、麹町谷町北側、表二番町通り南側を含み、五番町は濠端一番町の一部と五番町を合せているのである事だけを断って置きたい。そうして、この辺はほとんどみな大名屋敷か旗本屋敷、ことに旗本屋敷の多かったことをも断って置かなければならない。なぜならば、この物語は江戸時代の嘉永四年正月に始まるからである。

 この年の正月は十四日から十七日まで四日間の雪を見た。勿論、そのあいだに多少の休みはあったが、ともかく四日も降りつづいたのは珍らしいといわれて、故老の話し草にも残っている。その二日目の十五日の夜に、麹町谷町の北側、すなわち今日の下二番町の高原織衛という旗本の屋敷で、歌留多の会が催された。あつまって来た若侍は二十人余りであったが、そのなかで八番目に来た堀口弥三郎は、自分よりもひと足さきに来ている神南佐太郎に訊いた。
「おい、神南。貴公は鬼ばばで何か見なかったか。」
「鬼ばばで……。」と、神南は少し考えていたが、やがてうなずいた。「うむ、道ばたに婆が坐っていたようだったが……。」
「それからどうした。」
「どえするものか、黙って通って来た。」と、神南は事もなげに答えた。
 十三番目に森積嘉兵衛が来た。その顔をみると堀口はまた訊いた。
「貴公は鬼ばばで何か見なかったか。」
「あの横町に婆が坐っていた。」
「それからどうした。」
「乞食だか何だか知らないが、この雪の降る中に坐っているのは可哀そうだったから、小銭を投げてやって来た。」と、森積は答えた。
「それは貴公にはめずらしい御奇特のことだな。」と、神南は笑った。「しかし考えてみると不思議だな。この雪のふる晩に、あんな人通りの少ないところに、なんだって坐っているのだろう。頭から雪だらけになっていたようだ。」
「むむ、不思議だ。それだから貴公たちに訊いているのだ。」と、堀口は子細らしく考えていた。
「堀口はしきりに気にしているようだが、一体その婆がどうしたというのだ。」と、主人の織衛も啄をいれた。
「いや、御主人。実はこういうわけです。」と、堀口は向き直って説明した。「ただいま御当家へまいる途中で、あの鬼婆横町を通りぬけると、丁度まんなか頃の大溝のふちに一…

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