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首頂戴
くびちょうだい |
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作品ID | 43587 |
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著者 | 国枝 史郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「妖異全集」 桃源社 1975(昭和50)年9月25日 |
入力者 | 阿和泉拓 |
校正者 | 小林繁雄、門田裕志 |
公開 / 更新 | 2005-01-07 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 21 ページ(500字/頁で計算) |
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一
サラサラサラと茶筌の音、トロリと泡立った緑の茶、茶碗も素晴らしい逸品である。それを支えた指の白さ! と、茶碗が下へ置かれた。
茶を立てたのは一人の美女、立兵庫にお裲襠、帯を胸元に結んでいる。凛と品のある花魁である。
むかいあっているのは一人の乞食、ひどい襤褸を纏っている。だが何んと顔は立派なんだろう! ムッと高い鼻、ギュッと締まった口、眼に一脈の熱気がある。年輩は二十七、八らしい。
茶碗を取り上げるとキューッとしごき、三口半に飲んで作法通り、しずかに膝の先へ押しやった。
茶釜がシンシンと音立てている。香爐から煙が立っている。だがその上を蔽うているのは、莚張りの蒲鉾小屋、随分穢い、雨露にうたれたのだ。
春三月、白昼である。
「ここへ住んで一月になる、大分評判も高まったらしい」こういったのはその乞食。
「其方にも再々厄介になった」
「よい保養を致しました。妾こそご厄介になりました」こういったのは花魁である。
「保養か、成ほど、そういえるな。いや全くいい景色だ。菜の花、桜、雲雀の唄、街道を通る馬や駕籠、だがこの景色とも別れなければなるまい」
「あの然うして妾とも」
「うむマァざっと然ういうことになる」
「お名残りおしゅうございます」
「泣きもしまいが、泣いては不可ない」
「泣けと有仰るなら泣きますとも、泣くなと有仰れば耐えます」
「祝って貰わなければならないのだよ」
「では笑うことにいたしましょう」
「ナニサ故意とらしく笑わないでもよい」
「では無表情でおりましょう」
「そいつだ」と乞食微笑した。「ああそいつだよ。無表情がいい。……墨をお摩り、何か書こう」
蒔絵の硯箱が側にある。その横に短冊が置いてある。
乞食スラスラと認めた。
「読んでごらん唐詩だ」
「風蕭々易水寒シ」
「壮士一度去ッテ復還ラズ」
膝元に青竹が置いてある。取り上げた乞食、スッと抜いた。
「怖くはないかな、村正だ」
春陽にぶつかって刀身から、ユラユラユラユラと陽炎が立つ。
「怖いお方もございましょう、妾は怖くはございません」
乞食、刀を見詰めている。
「鍛えは柾目、忠の先細く、鋩子詰まって錵おだやか、少し尖った乱れの先、切れそうだな、切れてくれなくては困る」
ソロリと納めると膝元へ置いた。
「華やかな行列が通るのだ。ああ然うだよ、江戸へ向かってな。が、ナーニ見たようなものだ。遣り損なうに相違ない。相手はあれ程の人物だからな。そこへこの俺が付け込むのだ。と、村正が役立つのよ」
春の日がだんだん暮れようとする。
街道を通る旅人の足が、泊りを急ぐのかあわただしい。
二
「ほほう不思議な乞食だの」こういったのは総髪の武士。「淀川堤の蒲鉾小屋でな?」
「茶を立て香を焚き遊女を侍らせ、悠々くらしておりますそうで」こういったのは頬髯の濃い武士。「しかも素…