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桜の園
さくらのその |
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作品ID | 43598 |
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著者 | チェーホフ アントン Ⓦ |
翻訳者 | 神西 清 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「桜の園・三人姉妹」 新潮文庫、新潮社 1967(昭和42)年8月30日、1990(平成2)年8月20日47刷改版 |
入力者 | 大野晋 |
校正者 | 鈴木厚司 |
公開 / 更新 | 2010-04-01 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 111 ページ(500字/頁で計算) |
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人物
ラネーフスカヤ(リュボーフィ・アンドレーエヴナ)〔愛称リューバ〕 女地主
アーニャ その娘、十七歳
ワーリャ その養女、二十四歳
ガーエフ(レオニード・アンドレーエヴィチ)〔愛称リョーニャ〕 ラネーフスカヤの兄
ロパーヒン(エルモライ・アレクセーエヴィチ) 商人
トロフィーモフ(ピョートル・セルゲーエヴィチ)〔愛称ペーチャ〕 大学生
ピーシチク(ボリース・ポリーソヴィチ・シメオーノフ) 地主
シャルロッタ(イワーノヴナ) 家庭教師
エピホードフ(セミョーン・パンテレーエヴィチ) 執事
ドゥニャーシャ 小間使
フィールス 老僕、八十七歳
ヤーシャ 若い従僕
浮浪人
駅長
郵便局の官吏
ほかに客たち、召使たち
ラネーフスカヤ夫人の領地でのこと
[#改ページ]
第一幕
いまだに子供部屋と呼ばれている部屋。ドアの一つはアーニャの部屋へ通じる。夜明け、ほどなく日の昇る時刻。もう五月で、桜の花が咲いているが、庭は寒い。明けがたの冷気である。部屋の窓はみなしまっている。
ドゥニャーシャが蝋燭をもち、ロパーヒンが本を手に登場。
ロパーヒン やっと汽車が着いた、やれやれ。何時だね?
ドゥニャーシャ まもなく二時。(蝋燭を吹き消す)もう明るいですわ。
ロパーヒン いったいどのくらい遅れたんだね、汽車は? まあ二時間はまちがいあるまい。(あくび、のび)おれもいいところがあるよ、とんだドジを踏んじまった! 停車場まで出迎えるつもりで、わざわざここへ来ていながら、とたんに寝すごしちまうなんて……。椅子にかけたなりぐっすりさ。いまいましい。……せめてお前さんでも起してくれりゃいいのに。
ドゥニャーシャ お出かけになったとばかり思ってました。(耳をすます)おや、もういらしたらしい。
ロパーヒン (耳をすます)ちがう。……手荷物を受けとったり、何やかやあるからな。……(間)ラネーフスカヤの奥さんは、外国で五年も暮してこられたんだから、さぞ変られたことだろうなあ。……まったくいい方だよ。きさくで、さばさばしててね。忘れもしないが、おれがまだ十五ぐらいのガキだった頃、おれの死んだ親父が――親父はその頃、この村に小さな店を出していたんだが――おれの面をげんこで殴りつけて、鼻血を出したことがある。……その時ちょうど、どうしたわけだか二人でこの屋敷へやって来てね、おまけに親父は一杯きげんだったのさ。すると奥さんは、つい昨日のことのように覚えているが、まだ若くって、こう細っそりした人だったがね、そのおれを手洗いのところへ連れて行ってくれた。それが、ちょうどこの部屋――この子供部屋だったのさ。「泣くんじゃないよ、ちっちゃなお百姓さん」と言ってね、「婚礼までには直りますよ(訳注 怪我をした人に言う慰めの慣用句)。……」(間)ちっちゃなお百姓か。……いかにもおれの親父はどん百姓だ…