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自殺を買う話
じさつをかうはなし
作品ID43606
著者橋本 五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「「探偵趣味」傑作選 幻の探偵雑誌2」 光文社文庫、光文社
2000(平成12)年4月20日
初出「探偵趣味」1927(昭和2)年5月号
入力者鈴木厚司
校正者土屋隆
公開 / 更新2004-12-27 / 2014-09-18
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     1

 ――妻らしき妻を求む。十八歳以上二十七八歳までの、真面目にして且愛嬌あり、常識を有し、一生夫に忠実にして、血統正しく上品なる婦人ならば、貧富を問わず、妻として迎え優遇す。
 当方三十一歳、身長五尺三寸、体重十三貫二百匁、強健にして元気旺盛、職業薬業、趣味読書旅行観劇其他、新時代の流行物。禁酒禁煙。将来の目的、都会生活を営み外国取引開始。
 保護者の許可を経て、最近の写真、履歴書、本人自筆の趣味希望等、親展書にて申込ありたし――。
 そんな広告に微笑しながら、新聞の案内広告を見ていた私は、その雑件と云う条に至って、思わず新聞をとり直した。
 ――自殺買いたし、委細面談。但し善良なる青年のものに限る。××町野々村――。
 私が驚いたのは、その要件の奇抜よりも、該広告主の姓名に於てだ。××町と云えば、かの墓場と酒場の青年画家、私には親しい友人であるところの、野々村新二君より他にはない筈。
 とまれ尋常の沙汰ではないぞ、と私が瞬間感じたのは、彼野々村君の平素と云うのが、こうした青年達のそれとはかけ離れて、至って平々凡々たるものであったからだ。
 私はとにかく行って見ることにした。勿論私が、常にもなくそう気軽に腰を上げることの出来たのは、一に友人を思う情の切なるものがあったからだが、そこにはまた、私として、新聞の広告欄にすがらねばならぬ程、それ程みじめな境遇に置かれていたからである。
 寒い朝だった。古マントに風を除けながら、漸く私が訪れた時には、もう彼は起きていて、心からこの失業者を歓迎して呉れた。
 火鉢にはカンカン火がおこっていたし、鉄瓶の湯は沸々と沸っていたのだが、何とはなく、私はこの、僅か二三カ月見なかった友の様子から、一種違った、妙な弱々しさと云ったものを感じた。痩せていると云うのでもなく、また失望した時のそれとも違う。どう云って慰めていいか、私には、その正体を見極めることが出来なかった。
「妙な広告をしたじゃあないか」
 私は早速訊ねて見た。
「うむ」
 とそこで野々村君は、急に憂鬱な表情になって、やがて静かに、該広告をするようになったいんねんを話し始めたのである。
 聞けば聞く程痛ましい話だ。私は、友がかく有名になった以前の、その奇怪な哀れな物語に引き込まれて、暫くは、私自身の現在をも忘れていた程だった。
 でその話と云うのは、いったい芸術家と呼ばれる者の修行時代は、他から見るように呑気なものではなく、惨苦そのもののような、だから、時にはやり切れないで(勿論それには色々の意味があるが)あたら華かな青春を、猫いらずや噴火口に散らす者もあるのだが、その○○○○○○○○○○○○頃は、文字通りに喰うや喰わずの、カンヴァスも無ければチューブも持たない、至って風雅な生活をしていたのだが、どうかしたはずみに、その喰うや喰わずの生活も出来なくなって終…

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