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加利福尼亜の宝島
カリフォルニアのたからじま |
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作品ID | 43622 |
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副題 | (お伽冒険談) (おとぎぼうけんだん) |
著者 | 国枝 史郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「十二神貝十郎手柄話」 国枝史郎伝奇文庫17、講談社 1976(昭和51)年9月12日 |
初出 | 「中学世界」博文館、1925(大正14)年1月~8月 |
入力者 | 阿和泉拓 |
校正者 | 湯地光弘 |
公開 / 更新 | 2005-04-04 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 104 ページ(500字/頁で計算) |
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一
「小豆島紋太夫が捕らえられたそうな」
「いよいよ天運尽きたと見える」
「八幡船の後胤もこれでいよいよ根絶やしか。ちょっと惜しいような気もするな」
「住吉の浜で切られるそうな」
「末代までの語り草じゃ、これは是非とも見に行かずばなるまい」
「あれほど鳴らした海賊の長、さぞ立派な最期をとげようぞ」
摂津国大坂の町では寄るとさわると噂である。
当日になると紋太夫は、跛の馬に乗せられて、市中一円を引き廻されたが、松並木の多い住吉街道をやがて浜まで引かれて来た。
矢来の中へ押し入れられ、首の座へ直ったところで、係りの役人がつと進んだ。
「これ紋太夫、云い遺すことはないか?」作法によって尋ねて見た。
「はい」と云って紋太夫は逞しい髯面をグイと上げたが、「私は、海賊にござります。海で死にとうござります」
「ならぬ」と役人は叱[#挿絵]した。
「その方以前何んと申した。海を見ながら死にとうござると、このように申した筈ではないか、本来なれば千日前の刑場で所刑さるべきもの、海外までも名に響いた紋太夫の名を愛でさせられ、特に願いを聞き届けこの住吉の海辺において首打つ事になったというは、一方ならぬ上のご仁慈じゃ。今さら何を申しおるぞ」
「いや」
と紋太夫は微笑を含み、
「海で死にたいと申しましたは、決して海の中へはいり、水に溺れて死にたいという、そういう意味ではござりませぬ」
「うむ、しからばどういう意味じゃな?」
「自由に海が眺められるよう、海に向かった矢来だけお取り払いください[#「ください」は底本では「くだい」]ますよう」
「自由に海を眺めたいというのか」
「はいさようでございます。高手小手に縛された私、矢来をお取り払いくだされたとてとうてい逃げることは出来ませぬ」
「警護の者も沢山いる。逃げようとて逃がしはせぬ。……最後の願いじゃ聞き届けて進ぜる」
「有難い仕合せに存じます」
そこで矢来は取り払われ波平かの浪華の海、住吉の入江が見渡された。頃は極月二十日の午後、暖国のこととて日射し暖かに、白砂青松相映じ、心ゆくばかりの景色である。
太刀取りの武士が白刃を提げ、静かに背後へ寄り添った。
「行くぞ」
と一声掛けて置いて紋太夫の様子を窺った。
紋太夫は屹と眼を据えて、水天髣髴の遠方を喰い入るばかりに睨んでいたが、
「いざ、スッパリおやりくだされい」
とたんに、太刀影陽に閃めいたがドンと鈍い音がして、紋太夫の首は地に落ちた。颯と切り口から迸しる血! と見る間にコロコロコロコロと地上の生首渦を巻いたが、ピョンと空中へ飛び上がった。同時に俯向きに仆れていた紋太夫の体が起き上がる。
首は体へ繋がったのである。
「ハッハッハッハッ」
と紋太夫は大眼カッと見開いて役人どもを見廻したが、
「ご免蒙る」
と一声叫ぶと、海へ向かって走り出し、身を躍らせ…