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作品ID | 43652 |
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原題 | LA TOMBE |
著者 | モーパッサン ギ・ド Ⓦ |
翻訳者 | 秋田 滋 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「モオパツサン短篇集 初雪 他九篇」 改造文庫、改造社出版 1937(昭和12)年10月15日 |
入力者 | 京都大学電子テクスト研究会入力班 |
校正者 | 京都大学電子テクスト研究会校正班 |
公開 / 更新 | 2005-03-14 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 11 ページ(500字/頁で計算) |
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一八八三年七月十七日、草木もねむる真夜なかの二時半のことである。ベジエ墓地のはずれに建っている小さなほったて小屋に寐起きをしている墓番は、台所のなかへ入れておいた飼犬がけたたましく吠えだしたので、その声に夢を破られた。
すぐに寐床を降りていってみると、どうやら小屋のまわりをルンペンか何かが徘徊してでもいるらしく、犬は、夢中になって吠えながら、頻りに戸の下のところを嗅いでいる。そこで墓番のヴァンサンは、銃を手にして、四囲に気をくばりながら戸外へ出た。
すると犬は、ボネエ将軍路のほうを指して、一目散に駈けて行ったかと思うと、トモアゾン夫人の墓石のそばのところで、ピタリと停ってしまった。そこで、墓番は用心に用心をして歩いてゆくと、まもなく、マランヴェール路の方角にあたって、幽かな灯影が見えた。抜足差足、跫音を忍ばせて墓石と墓石のあいだを歩いて行き、彼は眼を覆わしめるような冒涜行為を目のあたりに見たのである。
一人の曲者が、前の日にそこへ埋葬された妙齢の婦人の死体を掘り出して、今しもそれを墓穴から引ッぱり出そうとしているのだった。小形の龕燈が一つ、掘り返した土塊のうえに置いてあり、その灯がこの見るに忍びない光景を照らしだしていた。
墓番のヴァンサンは、やにわにその浅ましい男に躍りかかると、たちまち組み伏せてしまい、両手を縛りあげて、その男を交番へ引ッ立てて行った。
その男は町の弁護士で、まだ年も若く、名をクールバタイユと云って、金もたんまり持っていて、なかなか人望もある男だった。
彼は法廷に立って法の裁きを受けることになった。検事は、かつてベルトランという一軍曹によって犯された身の毛のよだつような行為を傍聴人の念頭にまざまざと想い起させて、頻りにその感情を刺戟した。忿怒の身顫いが傍聴人たちの間をつたわって行った。論告を了って検事が着席すると、
「死刑だ!」
「死刑にしろ!」
傍聴人たちは口々にそう叫びだした。裁判長はそれを静めるために並々ならぬ骨を折った。かくて法廷が再び静粛になると、裁判長は厳かな口調でこう訊いた。
「被告には、申し開きになるようなことで、何か云っておきたいことはないかね」
弁護人をつけることを嫌って、何と云っても附けさせなかったクールバタイユは、そこで、やおら立ち上った。背丈のたかい、鳶色の頭髪をした好男子で、いかにも実直そうな顔をしており、その顔立ちにはどことなく凛としたところがあって、何かこう思い切ったことをやりそうな眼つきをした男である。
傍聴席にはまたしても嘲罵の口笛が起った。
けれども、彼は、動ずる色もなく、心もち含み声で語りだした。始めのうちはその声はやや低かったが、喋ってゆくにつれて、それもだんだんしッかりして行った。
「裁判長殿、
陪審員諸氏、
申し述べておきたいようなことは、わたくしにはほとんどござい…