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紅毛傾城
こうもうけいせい
作品ID43653
著者小栗 虫太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「ひとりで夜読むな」 角川ホラー文庫、角川書店
1977(昭和52)年10月15日
初出「新青年」1935(昭和10)年10月号
入力者網迫、土屋隆
校正者ロクス・ソルス
公開 / 更新2005-01-19 / 2014-09-18
長さの目安約 52 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

  序 ベーリング黄金郷の所在を知ること
     ならびに千島ラショワ島の海賊砦のこと

 四月このかた、薬餌から離れられず、そうでなくてさえも、夏には人一倍弱いのであるが、この夏私は、暑気が募るにしたがって、折りふし奇怪な感覚に悩まされることが多くなった。
 ちょうどそれは、私の心臓のなかで、脈打ちの律動が絶えず変化していくように、波打つ暑気の峰と谷とだ。はっきりと、しかも不気味にも知覚されるのであった。
 しかし、そうした折りには、家人に命じて庭先に火を焚かせ、それに不用な雑書類などを投げ入れるのである。それは、影像の楯をつくって、ひたすら病苦から逃がれんがためであった。
 そのようにして私は、真夏の白昼舌のような火炎を作り、揺らぎのぼる陽炎に打ち震える、夏菊の長い茎などを見やっては、とくりともなく、海の幻想に浸るのが常であった。
 ところが、ある一日のこと、ふとその炎のなかで、のたうち回る、一匹の鯨を眼に止めたのである。
 そこで私は、まったく慌てふためいて、手早く[#挿絵]を蹴散らしながら、取りだした二冊の書物があった。ああ、すんでのことに私は、貴重な資料を焼き捨ててしまうところだった。
 表紙のないその二冊には、ただピーボディ博物館という、検印が押してあるのみなので、軽率にも私は、取るに足らぬ目録のたぐいかと誤信して、そのまま書き屑のなかへ突っ込んでしまったらしいのである。
 しかし、そうして事新しく、その二冊を手にしたとき、これこそ、泥沼に埋もれつつある石碑の一つだと思った。
 それは以前、合衆国マサチュセッツ州サレムにあった、ピーボディ博物館の蔵書であって、著名な鯨画の収集家、アラン・フォーブス氏の寄贈になるものであった。
 で、そのうちの一冊は、書名を『捕鯨行銅版画集、付記、捕鯨略史』という、一八六六年の版、ジェー・アール・ブラウンという人の著書である。
 それには、ヨナと鯨の古版画をはじめとして、それらに入れ混じり、勝川春亭の「品川沖之鯨高輪より見る之図」や、歌川国芳の「七浦捕鯨之図」「宮本武蔵巨鯨退治之図」などが挿入されてあった。
 しかし、真実の驚きというのは、もう一冊のほうにあって、私は読みゆくにしたがい、容易ならぬ掘り出し物をしたことがわかってきた。
 そのほうは、ずうっと版も古く、書名を『捕鯨船ブリッグ号難破録』というのである。
 その船の名は、スターバックの『亜米利加捕鯨史』にも記されているとおりで、一七八四年の夏ボストンに、鯨油六百樽を持ち帰ったのが、最初の記録だった。
 しかし同船は、その後一七八六年に、アリューシャン列島中のアマリア島で難破したのであるから、当然その一冊も、船長フロストの遭難記にほかならぬのである。
 ところが、内容の終わり近くになると、計らずも数ページの驚畏すべき記事が、私の眼を射た。
 それは、素朴そ…

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