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踊る地平線
おどるちへいせん
作品ID4368
副題04 虹を渡る日
04 にじをわたるひ
著者谷 譲次
文字遣い新字新仮名
底本 「踊る地平線(上)」 岩波文庫、岩波書店
1999(平成11)年10月15日
入力者tatsuki
校正者米田進
公開 / 更新2003-01-08 / 2014-09-17
長さの目安約 58 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

   とりっぷ・あ・ら・もうど

 BUMP!
 ロンドン巴里間航空旅行。
 一九二八年――A・D――七月はじめ、それこそどしんと押し寄せてきた暑さの波に揉まれて、山高帽と皮手袋と円踵の女靴と、石炭とキドニイ・パイと――つまり老ろんどんそれじしんが、影のない樹立ちも、ほこりの白い街路も、商店の軒覆の下をつたわっていく大男の巡査も、みんな一ようにまっくろなはんけちで真黒な汗をふきながら―― now, つまり、珍しくあつい以外には、まず、しごく平和な夏の英都の或る日の正午ちかく、詳しく言えば午前十時四十五分だった。いまや自動車の急流ひきも切らないウェストミンスタア橋の方角からあれよという間に一台駈けぬけてきたTAXIが、リジェント街とチャアルス街の角にぴたりと静止すると、そこの石造建築物のまえに手荷物とともにひらりと地に下り立った男女の東洋人があった。
 旅装と覚悟ここにまったく成り、勇気りんりんとしてあたりを払わんばかり――AHA! 言うまでもなくそれは、これから巴里へ飛ぼうとしている私と彼女だった。
 とまあ、思いたまえ。
 BUMP!
 物語のいとぐちである。
 さて――。
 そこで、くだんの石造建築物の正面階段を登りながら、出来るだけ悠然と天を仰ぐと、空気の層がやたらに青く高く立って、テムズの河畔にはずらりと木かげに駄馬がやすみ、駄馬に蠅が群れ飛び、蠅の羽に陽が光って、川づらの工作船が鈍いうなり声をあげるいいお天気だ。
『大丈夫ね、この調子なら。』
 ちょっと立ちどまった彼女が、こうかすかな声を発する。
『うん。しかし、それあ判らないさ。』私の眼はいささか意地わるく笑っていたに相違ない。『何と言ったって人間のすることだから。』
『あら! だって、こんなしずかな日。風はなし――。』
 なんかと、私と彼女のあいだに、けさからもう何度となく繰り返された会話の反覆がまたしばしつづいたのち、ただちにふたりは敢然と民族的威容をととのえてその建物の内部へ進入した。
 とまあ、思いたまえ。
 BUMP!
 いうまでもなく、チャアルス街とリジェント街の角は、帝国空路会社の倫敦における「空の家」、いわば空の旅客の集合場である。空の事務所なのだ。
 Oh ! The Air House !
 なんとこの新語の有つ科学的夢幻派の色あい――十年まえそも地球上の誰がこんな言葉を考え得たろう?――その超近代さ、自然への挑戦! CHIC! CHIC! Tr[#挿絵]s chic ! あるとら・もだあん! 私たちが、たしかに生きている証拠にじぶん達のなまの神経をぎりぎり痛感する歓喜の頂天は、まさに空の旅行の提供する thrills につきると言わなければなるまい。なぜならそれは、この速力狂想時代の尖鋭、触角、突線、何でもいい、世紀の感激そのものであり、たましいを奥歯に噛みしめて味わう場合…

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