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踊る地平線
おどるちへいせん
作品ID4369
副題05 白夜幻想曲
05 びゃくやげんそうきょく
著者谷 譲次
文字遣い新字新仮名
底本 「踊る地平線(上)」 岩波文庫、岩波書店
1999(平成11)年10月15日
入力者tatsuki
校正者米田進
公開 / 更新2003-01-10 / 2014-09-17
長さの目安約 59 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

   秋の静物

 旅は、この散文的な近代にのこされたただひとつの魔法だ。
 ある日、まったく系統のちがった一社会に自分じしんを発見する。その異国的な、あまりに異国的な、ときとして all-at-sea の新環境を呼吸するにいそがしいうちに、調べ革のように自働的に周囲がうごいて、またまたほかの不思議な現象と驚異と感激と恍惚が私たちのまえにある。
 たとえばこの朝、鉛いろの日光に整然とかがやいて大きくゆたかにひろがっている「北のアテネ」に、私達はぽっかりと眼をさました。
 北のアテネ――でんまあく・コペンハアゲン。
 そうすると、この一個の地理的概念に対して、私は猟犬のような莫然たる動物本能に駆られるのだ。旅行者はすべて、まるで認識生活をはじめたばかりの嬰児のように、あまりに多くの事物に同時に興味を持ちすぎるかも知れない。
 What is IT ?
 What is THIS ?
 What is THAT ?
 だから、露骨で無害な好奇心と、他愛のない期待とが一刻も私をじっとさせておかない。さっそく私は、憑きものでもしたような真空の状態でまず街上に立つ。町をあるく。どこまでも歩く。ついそこの角に何かがあるような気がしてならないからだ。この「ついそこの角に何かがあるような気」こそは、旅のもつ最大の魅力であり、その本質である。そして角をまがると、いつも正確に何かがある。小公園だ。浮浪者が一夜をあかしたベンチが、彼の寝具の古新聞とともに私を待っている。腰を下ろす。
 この時、私の全身は海綿だ。
 なんという盛大なこの吸収慾! 何たる、by the way, 喜劇的にまで「カメラの用意は出来ました」こころもち!
 なによりもさきに、私は町ぜんたいを受け入れて素描しなければならない――この場合ではコペンハアゲンという対象を。
 第一に、ひくい雲の影だ。
 それが一枚の炭素紙みたいに古い建物の並列を押しつけて、真夏だというのに、北のうす陽は清水のようにうそ寒い。空の色をうつして、何というこれは暗いみどりの広場であろう。その、煤粉がつもったように黒い木々が、ときどきレイルを軋ませて通り過ぎる電車のひびきに葉をそよがせて立っているまん中、物々しい甲冑を着たクリスチャン五世の騎馬像――一ばんには単に馬と呼ばれている――が滑稽なほどの武威をもってこの1928の向側のビルディングの窓を白眼んで、まわりに雑然と、何らの組織も配置もなく切花の屋台店が出ている。空のいろを映して、まっくろに見えるほど濃い色彩の結塊だ。少年がひとり、過去の幽霊のような王様の銅像の下を小石を蹴って行く。ちいさな靴のさきにいきおいよく弾かれた石は、ひえびえとした秋風のなかを銀貨のように光って飛ぶ。そして、二、三度バウンドしてから落ちたところにじっとして少年を待つ。すると彼は、からかわれたように憤然と勇躍して…

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