えあ草紙・青空図書館 - 作品カード

作品カード検索("探偵小説"、"魯山人 雑煮"…)

楽天Kobo表紙検索

国民の人格向上と科学技術
こくみんのじんかくこうじょうとかがくぎじゅつ
作品ID43705
著者仁科 芳雄
文字遣い旧字旧仮名
底本 「自然 300号記念増刊 総収録 仁科芳雄・湯川秀樹・朝永振一郎・坂田昌一」 中央公論社
1971(昭和46)年3月20日
初出「自然」1946(昭和21)年12月
入力者山崎雅人
校正者小林徹
公開 / 更新2005-12-03 / 2014-09-18
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

広告

えあ草紙で読む
▲ PC/スマホ/タブレット対応の無料縦書きリーダーです ▲

find 朗読を検索

本の感想を書き込もう web本棚サービスブクログ作品レビュー

find Kindle 楽天Kobo Playブックス

青空文庫の図書カードを開く

find えあ草紙・青空図書館に戻る

広告

本文より

 わが國はポツダム宣言受諾の結果,民主主義の平和國家として更生することとなつた.このことは今度の新憲法に具象化せられて居つて,人民のために人民が行ふ政體をとるのである.從つて人民各自の人格の高低はとりも直さず,我國の浮沈を決定するものに他ならない.ここに人格といふのは,道義心,性格,教養等を含めた全體の屬性を指すのである.
 然らばわが國民の人格の水準は今日どうであらうか.それは犯罪の詳しい統計を調べればすぐわかることであるが,それを俟つまでもなく毎日の各人の體驗が最も雄辯にこれを物語つてゐるであらう.少しでも油斷するとすぐ物がなくなることは今日誰もが味はつてゐるのである.これは敗戰國の常であつて敢て怪しむに當らないことかも知れない.前歐洲大戰後のドイツに於て自分は同じやうなことを經驗した.大陸に渡る前にイギリスのケンブリツヂに於ては,講義を聽きに來る學生の乘り捨てた自轉車が,カレツヂの門前に一ぱい置いてあつても,それがなくなつたといふことを聞いたことがなかつた.これに比べたのでドイツの社會状態は殊に目立つて見えたのかも知れない.その時ドイツはインフレの波に襲はれてゐたのである.
 以上は犯罪を構成するやうな極端な問題であつて,これで一國の消長を判斷するのは早計だといふ人があるかも知れない.それでは今日わが國民の性格は,戰災の國土から奮然として立ち上り,産業を再建し國家を復興させるだけの氣概と根氣とを備へてゐるのであらうか.自分の目には遺憾ながらどうもさうは見えない.終戰後既に1年2個月を經たのであるが,まだ虚脱状態を脱してゐない人も多い.自ら進んで難に赴くといふ犧牲心の發露を見ることは極めて稀であつて,利己的行爲が澎湃として世を蔽つてゐる感がある.これでは國の復興,民生の安定といふことはいつのことか解らない.
 これはどこに原因があるのであらうか.勿論あれだけの無茶な戰爭をしたといふことが今日の結果を齎したのである.そのために人は皆衣食住に事を缺くこととなつた.犯罪の増加は當然といはねばならぬ.又食料の不足は體位の低下を來し氣力の消失を招くのも無理からぬことである.その結果として生産は低下し益[#挿絵]國民生活を困難にしてゐる.即ち原因は結果を生み,結果は又原因となつてヂリ貧状態を現出する可能性がある.
 これを救ふ道は如何にすべきであらうか.多くの人はすぐ國の政治にその罪を歸し,社會組織の改善を叫ぶであらう.それは恐らく正しい見方かも知れない.然しその方はその道の人に任せて置いて,自分がここに強調したいことは科學者,技術者としてこの危機を脱するためには如何にその義務を果すべきかといふことである.
 勿論われわれは國民としての道義の昂揚,品性の陶冶,教養の向上に努力すべきは當然である.これが凡ての基礎となるのであるが,科學者,技術者としてはその本務として産…

えあ草紙で読む
find えあ草紙・青空図書館に戻る

© 2024 Sato Kazuhiko