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踊る地平線
おどるちへいせん
作品ID4371
副題07 血と砂の接吻
07 ちとすなのせっぷん
著者谷 譲次
文字遣い新字新仮名
底本 「踊る地平線(下)」 岩波文庫、岩波書店
1999(平成11)年11月16日
入力者tatsuki
校正者米田進
公開 / 更新2003-01-14 / 2014-09-17
長さの目安約 58 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     1

 燃え立つ太陽・燃え立つ植物・燃え立つ眼・燃え立つ呼吸――何もかもが燃え立っているTHIS VERY SPAIN!
 そして、この闘牛場。
 AH! SI!
 何という職烈・何という強調楽・何という極彩色! ふたたび、何という炸裂的な「いすばにあ人屠牛之古図」! それがいま、私の全視野に跳躍しているのだ!
 燃える流血・燃える発汗・燃える頬・燃える旗――わあっ! 血だ、血だ! ぷくぷくと黒い血が沸いたよ牛の血が! 血は、見るみる砂に吸われて、苦悶の極、虎視眈々と一時静止した牛が、悲鳴し怒号し哀泣し――が、許されっこない。もうここまで来たらお前が死なない以上納まりが付かないんだから、おい牛公! そんな情ない眼をせずに諦めて死んでくれ。そら! また、闘牛士が近づいた。今度こそは殺られるだろう――ひっそりと落ちる闘牛場の寂寞――。
 やあっ! 何だいあれあ?
 棒立ちになった馬、闘牛士の乗馬が盛んに赤い紐を引きずり出したぞ。ぬらぬら陽に光ってる。
 EH? 何だって? 馬が腹をやられた? 角にかかって?――あ! そうだ、数条のはらわたがぶら下って地に這って、砂に塗れて、馬脚に絡んで、馬は、邪魔になるもんだから、蹴散らかそうと懸命に舞踏している!
 それを牛が、すこし離れてじいっと白眼んでる――何だ、同じ動物のくせに人間とぐるになって!――というように。
 総立ちだ!
 歓声、灼熱、陽炎、蒼穹。
 血と砂と音と色との一大交響楽。
 獣類と人の、生死を賭した決闘。
 上から太陽が審判している。
 その太陽が、このすぺいん国マドリッド市の闘牛場に充満する大観衆の一隅に、今かくいう私――ジョウジ・タニイ――を発見しているんだが――この真赤な刺激は、とうとう私に、人道的にそして本能的に眼を覆わせるに充分だった。
 が、いくら私が眼をつぶったって、事実と光景はこのとおり活如として私の四囲に進展しつつある。
 だから、どうせのことなら私も、このペン先に牛の血をつけて、出来るだけ忠実に写生し、織り交ぜ、「あらぶ・すぺいん」風の盛大な絵壁掛けを一つ作り上げてみたい。
 To begin with ―― of all the exoticism, gimme Olde Spain!
 で、これから闘牛場へ出かけようとして、いま現実にマドリッドの往来に立っている私――THERE! ここから着手しよう。
 西班牙では、私も意気な西班牙人だ。放浪者の特権。小黒帽をかぶってCAPAを翻してるDONホルヘ――私――の上に太陽が焼け、下には赤い敷石が焼けて、私の感覚も、「すぺいん」を吸収して今にも引火しそうだ。
 太陽・紺碧――闘牛日!
 歌って来る一団の青年。
 声が街上の私を包囲する。
亜弗利加の陣営で
ある西班牙兵士の唄える――。
南方へレス産の黄葡萄酒、
北方リオハ産の赤…

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