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狼森と笊森、盗森
おいのもりとざるもり、ぬすともり
作品ID43753
著者宮沢 賢治
文字遣い新字新仮名
底本 「注文の多い料理店」 新潮文庫、新潮社
1990(平成2)年5月25日
初出「イーハトヴ童話 注文の多い料理店」盛岡市杜陵出版部・東京光原社、1924(大正13)年12月1日
入力者土屋隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2005-02-26 / 2014-09-18
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 小岩井農場の北に、黒い松の森が四つあります。いちばん南が狼森で、その次が笊森、次は黒坂森、北のはずれは盗森です。
 この森がいつごろどうしてできたのか、どうしてこんな奇体な名前がついたのか、それをいちばんはじめから、すっかり知っているものは、おれ一人だと黒坂森のまんなかの巨きな巌が、ある日、威張ってこのおはなしをわたくしに聞かせました。
 ずうっと昔、岩手山が、何べんも噴火しました。その灰でそこらはすっかり埋まりました。このまっ黒な巨きな巌も、やっぱり山からはね飛ばされて、今のところに落ちて来たのだそうです。
 噴火がやっとしずまると、野原や丘には、穂のある草や穂のない草が、南の方からだんだん生えて、とうとうそこらいっぱいになり、それから柏や松も生え出し、しまいに、いまの四つの森ができました。けれども森にはまだ名前もなく、めいめい勝手に、おれはおれだと思っているだけでした。するとある年の秋、水のようにつめたいすきとおる風が、柏の枯れ葉をさらさら鳴らし、岩手山の銀の冠には、雲の影がくっきり黒くうつっている日でした。
 四人の、けらを着た百姓たちが、山刀や三本鍬や唐鍬や、すべて山と野原の武器を堅くからだにしばりつけて、東の稜ばった燧石の山を越えて、のっしのっしと、この森にかこまれた小さな野原にやって来ました。よくみるとみんな大きな刀もさしていたのです。
 先頭の百姓が、そこらの幻燈のようなけしきを、みんなにあちこち指さして
「どうだ。いいとこだろう。畑はすぐ起せるし、森は近いし、きれいな水もながれている。それに日あたりもいい。どうだ、俺はもう早くから、ここと決めて置いたんだ。」と云いますと、一人の百姓は、
「しかし地味はどうかな。」と言いながら、屈んで一本のすすきを引き抜いて、その根から土を掌にふるい落して、しばらく指でこねたり、ちょっと嘗めてみたりしてから云いました。
「うん。地味もひどくよくはないが、またひどく悪くもないな。」
「さあ、それではいよいよここときめるか。」
 も一人が、なつかしそうにあたりを見まわしながら云いました。
「よし、そう決めよう。」いままでだまって立っていた、四人目の百姓が云いました。
 四人はそこでよろこんで、せなかの荷物をどしんとおろして、それから来た方へ向いて、高く叫びました。
「おおい、おおい。ここだぞ。早く来お。早く来お。」
 すると向うのすすきの中から、荷物をたくさんしょって、顔をまっかにしておかみさんたちが三人出て来ました。見ると、五つ六つより下の子供が九人、わいわい云いながら走ってついて来るのでした。
 そこで四人の男たちは、てんでにすきな方へ向いて、声を揃えて叫びました。
「ここへ畑起してもいいかあ。」
「いいぞお。」森が一斉にこたえました。
 みんなは又叫びました。
「ここに家建ててもいいかあ。」
「ようし。」森…

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