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水仙月の四日
すいせんづきのよっか
作品ID43757
著者宮沢 賢治
文字遣い新字新仮名
底本 「注文の多い料理店」 新潮文庫、新潮社
1990(平成2)年5月25日
初出「イーハトヴ童話 注文の多い料理店」盛岡市杜陵出版部・東京光原社、1924(大正13)年12月1日
入力者土屋隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2005-03-20 / 2014-09-18
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 雪婆んごは、遠くへ出かけて居りました。
 猫のような耳をもち、ぼやぼやした灰いろの髪をした雪婆んごは、西の山脈の、ちぢれたぎらぎらの雲を越えて、遠くへでかけていたのです。
 ひとりの子供が、赤い毛布にくるまって、しきりにカリメラのことを考えながら、大きな象の頭のかたちをした、雪丘の裾を、せかせかうちの方へ急いで居りました。
(そら、新聞紙を尖ったかたちに巻いて、ふうふうと吹くと、炭からまるで青火が燃える。ぼくはカリメラ鍋に赤砂糖を一つまみ入れて、それからザラメを一つまみ入れる。水をたして、あとはくつくつくつと煮るんだ。)ほんとうにもう一生けん命、こどもはカリメラのことを考えながらうちの方へ急いでいました。
 お日さまは、空のずうっと遠くのすきとおったつめたいとこで、まばゆい白い火を、どしどしお焚きなさいます。
 その光はまっすぐに四方に発射し、下の方に落ちて来ては、ひっそりした台地の雪を、いちめんまばゆい雪花石膏の板にしました。
 二疋の雪狼が、べろべろまっ赤な舌を吐きながら、象の頭のかたちをした、雪丘の上の方をあるいていました。こいつらは人の眼には見えないのですが、一ぺん風に狂い出すと、台地のはずれの雪の上から、すぐぼやぼやの雪雲をふんで、空をかけまわりもするのです。
「しゅ、あんまり行っていけないったら。」雪狼のうしろから白熊の毛皮の三角帽子をあみだにかぶり、顔を苹果のようにかがやかしながら、雪童子がゆっくり歩いて来ました。
 雪狼どもは頭をふってくるりとまわり、またまっ赤な舌を吐いて走りました。
「カシオピイア、
 もう水仙が咲き出すぞ
 おまえのガラスの水車
 きっきとまわせ。」
 雪童子はまっ青なそらを見あげて見えない星に叫びました。その空からは青びかりが波になってわくわくと降り、雪狼どもは、ずうっと遠くで焔のように赤い舌をべろべろ吐いています。
「しゅ、戻れったら、しゅ、」雪童子がはねあがるようにして叱りましたら、いままで雪にくっきり落ちていた雪童子の影法師は、ぎらっと白いひかりに変り、狼どもは耳をたてて一さんに戻ってきました。
「アンドロメダ、
 あぜみの花がもう咲くぞ、
 おまえのラムプのアルコホル、
 しゅうしゅと噴かせ。」
 雪童子は、風のように象の形の丘にのぼりました。雪には風で介殻のようなかたがつき、その頂には、一本の大きな栗の木が、美しい黄金いろのやどりぎのまりをつけて立っていました。
「とっといで。」雪童子が丘をのぼりながら云いますと、一疋の雪狼は、主人の小さな歯のちらっと光るのを見るや、ごむまりのようにいきなり木にはねあがって、その赤い実のついた小さな枝を、がちがち噛じりました。木の上でしきりに頸をまげている雪狼の影法師は、大きく長く丘の雪に落ち、枝はとうとう青い皮と、黄いろの心とをちぎられて、いまのぼってきたばかりの雪童子の…

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