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即興詩人
そっきょうしじん
作品ID4376
著者アンデルセン ハンス・クリスチャン
翻訳者森 鴎外
文字遣い旧字旧仮名
底本 「定本限定版 現代日本文學全集 13 森鴎外集(二)」 筑摩書房
1967(昭和42)年11月20日
入力者三州生桑
校正者松永正敏
公開 / 更新2005-09-18 / 2014-09-18
長さの目安約 284 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

    初版例言

一、即興詩人は[#挿絵]馬の HANS CHRISTIAN ANDERSEN(1805―1875)の作にして、原本の初板は千八百三十四年に世に公にせられぬ。
二、此譯は明治二十五年九月十日稿を起し、三十四年一月十五日完成す。殆ど九星霜を經たり。然れども軍職の身に在るを以て、稿を屬するは、大抵夜間、若くは大祭日日曜日にして家に在り客に接せざる際に於いてす。予は既に、歳月の久しき、嗜好の屡[#挿絵]變じ、文致の畫一なり難きを憾み、又筆を擱くことの頻にして、興に乘じて揮瀉すること能はざるを惜みたりき。世或は予其職を曠しくして、縱に述作に耽ると謂ふ。寃も亦甚しきかな。
三、文中加特力教の語多し。印刷成れる後、我國公教會の定譯あるを知りぬ。而れども遂に改刪すること能はず。
四、此書は印するに四號活字を以てせり。予の母の、年老い目力衰へて、毎に予の著作を讀むことを嗜めるは、此書に字形の大なるを選みし所以の一なり。夫れ字形は大なり。然れども紙面殆ど餘白を留めず、段落猶且連續して書し、以て紙數をして太だ加はらざらしむることを得たり。
  明治三十五年七月七日下志津陣營に於いて
譯者識す

    第十三版題言

是れ予が壯時の筆に成れる IMPROVISATOREN の譯本なり。國語と漢文とを調和し、雅言と俚辭とを融合せむと欲せし、放膽にして無謀なる嘗試は、今新に其得失を論ずることを須ゐざるべし。初めこれを縮刷に付するに臨み、予は大いに字句を削正せむことを期せしに、會[#挿絵]歐洲大戰の起るありて、我國も亦其旋渦中に投ずるに至りぬ。羽檄旁午の間、予は僅に假刷紙を一閲することを得しのみ。
 大正三年八月三十一日觀潮樓に於いて
譯者又識す

   わが最初の境界

 羅馬に往きしことある人はピアツツア、バルベリイニを知りたるべし。こは貝殼持てるトリイトンの神の像に造り做したる、美しき噴井ある、大なる廣こうぢの名なり。貝殼よりは水湧き出でゝその高さ數尺に及べり。羅馬に往きしことなき人もかの廣こうぢのさまをば銅板畫にて見つることあらむ。かゝる畫にはヰア、フエリチエの角なる家の見えぬこそ恨なれ。わがいふ家の石垣よりのぞきたる三條の樋の口は水を吐きて石盤に入らしむ。この家はわがためには尋常ならぬおもしろ味あり。そをいかにといふにわれはこの家にて生れぬ。首を囘してわが穉かりける程の事をおもへば、目もくるめくばかりいろ/\なる記念の多きことよ。我はいづこより語り始めむかと心迷ひて爲むすべを知らず。又我世の傳奇の全局を見わたせば、われはいよ/\これを寫す手段に苦めり。いかなる事をか緊要ならずとして棄て置くべき。いかなる事をか全畫圖をおもひ浮べしめむために殊更に數へ擧ぐべき。わがためには面白きことも外人のためには何の興もなきものあらむ。われは我世のおほいなる穉物語をありのま…

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