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印度の古話
インドのむかしばなし
作品ID43763
著者幸田 露伴
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本児童文学名作集(上)」 岩波文庫、岩波書店
1994(平成6)年2月16日
初出「小国民」学齢館、1893(明治26)年6月下旬、7月上旬
入力者広橋はやみ
校正者門田裕志
公開 / 更新2005-02-23 / 2014-09-18
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 いづれの邦にも古話といふものありて、なかなかに近き頃の小説家などの作り設くとも及びがたきおもしろみあるものなり。されど小国民を読むほどの少年諸子には、桃太郎猿蟹合戦の類も珍らしからざるべく、また『韓非子』『荘子』などに出でたるも珍らしからざるべければ、日本支那のは姑く措きて印度の古話を蒐め綴り、前に宝の蔵と名づけて学齢館の需めに応じ出版せしめしに、おもひのほかに面白しとて少年諸子の、なほその他にも話ありや、あらば聞かせよといひ越し玉ふもあるまま、今また一条の物語りをここに載すべし。印度は諸子が父上母上の頃には天竺と呼びたる最早くより開け進みし国にて、今日よりして評するも世界の文明の母ともいふべきところなれば、従つて趣味ある古話にも富みたり、御望みならむには随分諸子のために珍奇なる話を取り出して一年や二年の間はこの紙上に掲げん。さてこの号には、利[#挿絵]、阿利[#挿絵]兄弟の譚を載すべし。

 むかしむかし、一人の長者ありて二人の子を有てり。兄を利[#挿絵]といひ弟を阿利[#挿絵]といひしが、長老は常々二人に対ひて、高きものは堕ち、常なきものは尽き、生あれば死あり、会へるものは離るることあらむと諭しける。されど一家は常に富み栄えて別に忌はしきことにも遇はず、世を楽しく過ごし行きけるに、長老が諭しのあたるべき時は来りて、老の身に病を得しより長者は枕つひにあがらず、いよいよ生命終るべく定まりたり。時に長者は二人の子を枕辺に招きて、死するも生くるも天命なれば汝等みだりに歎くべからず、ただ我終焉に臨みて汝等に言ひ置くことあれば能く心に留めて忘るるなかれ、我が亡き後は汝等二人決して分れをることをすべからず、譬へば一条の糸にては象を係ぐこと難けれど多くの糸を集めて縄となさば大象をも係ぐを得べきがごとく、兄弟力を併せて家を保たんには家も無事長久なるべけれど汝等互ひに私慾を図りて分れ分れとなりなば、一条の糸の弱きがごとくなりて家も衰へ亡ぶべし、この我が訓を能く記えて決して背くことなかれと苦ごろに誡め諭して現世を逝りければ、兄弟共に父の遺訓に随ひて互ひに助けあひつつ安楽に日を消しけり。
 さるほどに弟も生長して年頃となりしかば、縁ありしを幸として兄はそのため婦を迎へ遣りしに、この婦心狭くして良からぬものなりしゆゑ夫に対ひて、汝はあたかも奴隷のやうなり、金銀用度も皆兄まかせにて我が所有といふものもなく、唯衣ることと食ふこととに不足なさざるばかりなれば奴隷といふても宜かるべし、汝如何ほど働きたりとて唯この家を富ますのみにて汝の所有の殖ゆるにもあらねば、まことに以て楽み薄し、と賢顔に説きければ、弟はこれより分居の心を生じて、兄に財産を分ちくれむことを求めける。兄は、亡き父上の御遺言をも忘れて汝は分居せむとや、さても分別違ひのことを能くも汝はいひ得るよ、と度々弟を誡め諭して敢て弟の…

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