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北朗来庵
ほくろうらいあん
作品ID43776
著者尾崎 放哉
文字遣い新字旧仮名
底本 「尾崎放哉全集 増補改訂版」 彌生書房
1972(昭和47)年6月10日、1980(昭和55)年6月10日増補改訂版
入力者門田裕志
校正者高柳典子
公開 / 更新2007-02-04 / 2014-09-21
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 その昔し、豊臣家が亡びかけてからの事、和寇と云ふものがあつて支那の東南の海岸を荒す、其の勢すさまじく、支那人大に恐れをなして、南清のある孤島に高い/\見張所をこしらへて、いつもその見張所の上に番人が居て、和奴来るや否やと眼を皿大にして見て居る。若しそれ、日の丸だとか、丸に二ツ引きだとか、丸に十の字だとか、さう云ふ旗じるしを差上げた船が見えようものなら、和寇来る、と八方に打電(でもあるまいが)したものだと云ふ。その和寇とは一寸ちがふが、北朗襲庵の通知が実は一ヶ月以前から已にその予告があり、殊に最近、北朗自身その例の名筆をふるつて姫路より来信して曰く、姫路の展覧会大成功裡に終りそれから跡片付やらなんとかかんとかして二十六日には正に庵に行くべしと、愈和寇襲来と思つて、毎日/\待つたの待たんの。庵のうしろの山に登つては朝来る船、昼来る船……高松から……を眺めて居るが、日の丸の旗処かそんな旗じるしは無い、北朗家の定紋も私は聞いて置かなかつたのだが、一向にそれらしい物騒な船は一つも見えない、只、ブー/\と笛をならしてはいつて来ては又ブー/\と出て行つてしまふ。こんな風で或は一日や二日位早くやつて来るかも知れぬと心待ちにして居たのだが、絶望に終り、遂に二十六日となつてしまつた。二十六日は北朗自身で知らして来た日故、之はまちがひあるまいと思つて待つた待つた。処が、朝の船でも来ない、昼の船でもやつて来ない、たうとう夜になつてしまつた、……とてもイマ/\しくなつて来て、こんな時の不平はいつでも井師の処にもつて行くのが私の憲法となつてるもんだから、遂に井師の処に一本ハガキをとばして曰く、北朗といふ男は「ソノチナンジツク」と云ふ打電の便利があると云ふ事を知らぬ男と見える、待つ身を想像されたし、こんなに待たせるやうなら、イツソ来ぬ方がよし云々……之は後日話しだが、其後井師から「京都ニハ電報アリ」云々と云つて、わざ/\頼信紙へ書いたものを三銭で封入した手紙が来たので一人で腹をかゝへた事であつた。此の話しを北朗にして聞かせたら、北朗その時の云ひ草に曰く、人間が予定と云ふもので行動すると身体をいためるネ……放哉その時正にあいた口がふさがらず只なるほど、北朗と云ふ男は芸術家だなあ……と大に感心した事であつた。人間予定で動くとからだを毀すからネとは正に人を喰つた話しなれども、彼れ北朗の芸術味は正に茲にこゝにありとつく/″\感心してしまつた。放哉と云ふ男……、一寸見るとダラシの無い男のやうだが、此の予定の行動と云ふ事は今迄ずい分馴らされて来て居る、所謂腰弁生活の時代に、支店や出張所や代理店やの間を旅行するとき、旅館にとまると、マヅ真つ先きに電報用紙を出して来て、昨日の店に今此の地に着いたと云ふ礼状の電報、それから明日行く店に、明日何時にその地に行くと云ふ電報之丈を打電してしまつてから扨……酒と…

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