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一葉女史の「たけくらべ」を読みて
いちようじょしのたけくらべをよみて
作品ID4378
著者高山 樗牛
文字遣い旧字旧仮名
底本 「日本現代文學全集8」 講談社
1967(昭和42)年11月19日
入力者三州生桑
校正者染川隆俊
公開 / 更新2005-06-25 / 2014-09-18
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 本郷臺を指ヶ谷かけて下りける時、丸山新町と云へるを通りたることありしが、一葉女史がかゝる町の中に住まむとは、告ぐる人三たりありて吾等辛く首肯きぬ。やがて「濁り江」を讀み、「十三夜」を讀み、「わかれみち」を讀みもてゆく中に、先の「丸山新町」を思ひ出して、一葉女史をたゞ人ならず驚きぬ。是の時「めざまし草」の鴎外と、なにがし等との間に、詩人と閲歴の爭ありしが、吾等は耳をば傾けざりき。
 一葉女史の非凡なることを、われ等「たけくらべ」を讀みてますます確めぬ。丸山新町に住むことに於て非凡なることも、又小説家として其の手腕の非凡なることも。
 まことや「たけくらべ」の一篇は、たしかに女史が傑作中の一なるべき也。
 吾等の是の篇を推す所以の一は、其の女主人公の性格の洵に美はしく描かれたるにあり。姉なる人は、憂き川竹の賤しき勤め、身賣りの當時、めきゝに來りし樓の主が誘ひにまかせ、養女にては素より、親戚にては猶更なき身の、あはれ無垢なる少女の生活を穢土にくらし過ごすことの何とも心往かず、田舍より出でし初め、藤色絞りの半襟を袷にかけ着て歩るきしを、田舍もの田舍ものと笑はれしを口惜しがりて、三日三夜泣きつゞけし美登利。男の弱き肩持ちて、十四五人の喧嘩相手を、此處は私が遊び處、お前がたに指でもさゝしはせぬ、と物の見事にはねつけし美登利。額にむさきもの投げつけられしくやしさに、親でさへ額に手はあげぬものを長吉づれが草履の泥を額に塗られては踏まれたも同じこと、と好きな學校まで不機嫌に休みし美登利。我は女、とても敵ひがたき弱味をば付け目にして、と祭の夜の卑怯の處置を憤り、姉の全盛を笠に着て、表一町の意地敵に楯つき、大黒屋の美登利、紙一枚のお世話にも預らぬものを、あのやうに乞食呼ばはりして貰ふ恩は無し、と我儘の本性、侮られしが口惜しさに、石筆を折り、墨を捨て、書物も十露盤も要らぬものに、中よき友と埓も無く遊びし美登利。お侠の本性は瀧つ瀬の流に似て、心の底に停るもの無しと見えしはあだなれや。扨も是の道だけは思の外の美登利。浮名を唄はるゝまでにも無き人の、さりとては無情き仕打、會へば背き、言へば答へぬ意地惡るは、友達と思はずば口を利くも要らぬ事と、少し癪にさはりて、摺れ違うても物言はぬ中はホンの表面のいさゝ川、底の流は人知れず湧き立つまでの胸の思を、忘るゝとには無きふた月、三月。秋の夜雨の檐下にしほらしき人の後影見るとはなしに、何時までも何時までも見送りし心の中は、やがて胸倉捉へてほざき散らさむずお侠の本性もあはれや。今は紅入の友禪に赤き心を見する可憐の少女、是より後は中よき友とも遊ばず、衣ひきかづきて一と間に籠る古風の振舞、生れ變りたらむ樣の美登利は、有りし意地を其まゝ封じこめて、こゝしばらくの怪しの態を誰が何時言告ぐるでも無く、格子門の外にかゝる水仙の作り花は、龍華寺の信如が、なにがしの…

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