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若い木霊
わかいこだま
作品ID43801
著者宮沢 賢治
文字遣い新字新仮名
底本 「ポラーノの広場」 新潮文庫、新潮社
1995(平成7)年2月1日
入力者土屋隆
校正者うてな
公開 / 更新2005-04-16 / 2014-09-18
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

〔冒頭原稿数枚なし〕
「ふん。こいつらがざわざわざわざわ云っていたのは、ほんの昨日のようだったがなあ。大抵雪に潰されてしまったんだな。」
 それから若い木霊は、明るい枯草の丘の間を歩いて行きました。
 丘の窪みや皺に、一きれ二きれの消え残りの雪が、まっしろにかがやいて居ります。
 木霊はそらを見ました。そのすきとおるまっさおの空で、かすかにかすかにふるえているものがありました。
「ふん。日の光がぷるぷるやってやがる。いや、日の光だけでもないぞ。風だ。いや、風だけでもないな。何かこう小さなすきとおる蜂のようなやつかな。ひばりの声のようなもんかな。いや、そうでもないぞ。おかしいな。おれの胸までどきどき云いやがる。ふん。」
 若い木霊はずんずん草をわたって行きました。
 丘のかげに六本の柏の木が立っていました。風が来ましたのでその去年の枯れ葉はザラザラ鳴りました。
 若い木霊はそっちへ行って高く叫びました。
「おおい。まだねてるのかい。もう春だぞ、出て来いよ。おい。ねぼうだなあ、おおい。」
 風がやみましたので柏の木はすっかり静まってカサッとも云いませんでした。若い木霊はその幹に一本ずつすきとおる大きな耳をつけて木の中の音を聞きましたがどの樹もしんとして居りました。そこで
「えいねぼう。おれが来たしるしだけつけて置こう。」と云いながら柏の木の下の枯れた草穂をつかんで四つだけ結び合いました。
 そして又ふらふらと歩き出しました。丘はだんだん下って行って小さな窪地になりました。そこはまっ黒な土があたたかにしめり湯気はふくふく春のよろこびを吐いていました。
 一疋の蟇がそこをのそのそ這って居りました。若い木霊はギクッとして立ち止まりました。
 それは早くもその蟇の語を聞いたからです。
「鴾の火だ。鴾の火だ。もう空だって碧くはないんだ。
 桃色のペラペラの寒天でできているんだ。いい天気だ。
 ぽかぽかするなあ。」
 若い木霊の胸はどきどきして息はその底で火でも燃えているように熱くはあはあするのでした。木霊はそっと窪地をはなれました。次の丘には栗の木があちこちかがやくやどり木のまりをつけて立っていました。
 そのまりはとんぼのはねのような小さな黄色の葉から出来ていました。その葉はみんな遠くの青いそらに飛んで行きたそうでした。
 若い木霊はそっちに寄って叫びました。
「おいおい、栗の木、まだ睡ってるのか。もう春だぞ。おい、起きないか。」
 栗の木は黙ってつめたく立っていました。若い木霊はその幹にすきとおる大きな耳をあててみましたが中はしんと何の音も聞こえませんでした。
 若い木霊はそこで一寸意地悪く笑って青ぞらの下の栗の木の梢を仰いで黄金色のやどり木に云いました。
「おい。この栗の木は貴様らのおかげでもう死んでしまったようだよ。」
 やどり木はきれいにかがやいて笑って云いまし…

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