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リズムの構造
リズムのこうぞう
作品ID43830
著者中井 正一
文字遣い新字新仮名
底本 「中井正一全集 第二巻 転換期の美学的課題」 美術出版社
1981(昭和56)年4月25日
初出「美・批評」1932(昭和7)年9月号
入力者鈴木厚司
校正者染川隆俊
公開 / 更新2007-03-16 / 2014-09-21
長さの目安約 17 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 1

『レ・ミゼラブル』の中に次のような一節がある。「もはや希望がなくなったところには、ただ歌だけが残るという。マルタ島の海では、一つの漕刑船が近づく時、櫂の音が聞える前にまず歌の声が聞えていた。シャートレの地牢を通って来た憐れな密猟者スユルヴァンサンは『私を支えてくれたものは韻律である』と告げている。」
 詩が有用か無用か、それは論ずるにまかせて、それがこうした涙の中に事実存在しつづけたことに対して、私たちの深い関心がある。芸術がそれみずから、そしてそれに関する理論が、いかなる過程のもとに、私たちにもたらされているかが、今、問題である。

 2

 一般に自然的現象ならびに肉体的現象における反復現象を、数的構造に射影して解釈することによってリズムを考察するしかたがある。ロッツェ、コーヘンなどの美学者をその中に数えることができるであろう。
 反対にこれらの反復現象を生命的構造に射影して解釈するしかたもまた可能である。ヴォリンガーの Bewegungsausdruck の考えかたはその方向を指し示すであろう。
 さらにまた、その反復現象を、歴史的構造に射影して解釈する立場もある。ギンスブルグ、マーツァの考えかたがその方向を指し示す。
 第一のリズムの解釈のしかたは、数的本質構造に現象の反復性を射影することによって、存在の内面を見透すと考える考えかたである。それは、一言にしていえば、函数的等値的射影をもって、あらゆる領域への関連をはたす数的構造を存在の内面的構造として考える考えかたと歩を同じくしている。ルネッサンス的主知性がそこに長く尾を引いている。デカルト、ライプニッツ、スピノザを貫く数学性よりはじめて、体系論者としてのカント、さらに新カント学派のすべてがその連りの中に数えらるべきである。
 かかる考えかたよりもたらされるものは、ロッツェの時間計量 Zeitmessung としてのリズムの考えかたが代表的である。すなわち、時間の客観的法則性の人間的認識がそこにある。すなわち質的なるものの量化がその根本的考えかたである。
 この考えかたはそれがすでに一つの誤謬であったのにもかかわらず、時代ならびに芸術を支配してしまった。例えば、この考えかたより出発して、音楽そのものさえ数的に一定化するの危険にまでもたらしめた。しかもこのリズム論が今の一般のリズム論ですらあるのである。
 このリズム論のもつ危険性は、相対性理論があらわるるにいたって露わにされたとも考えられよう。すでに時間そのものが、ものの動きより生じ、グリニッジ天文台の時計はその一つの便宜的説明にしかすぎなくなった時、リズムの根底をなしている音楽的メトロノームは何を意味することとなるか。時計的俗衆的時間になぜに音楽がその支配権を藉さなければならないか。
 ここにこの考えかたへの難点があると考えられる。待てば千年…

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