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花問答
はなもんどう |
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作品ID | 43847 |
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著者 | 岸田 国士 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「岸田國士全集 9」 岩波書店 1990(平成2)年4月9日 |
初出 | 「婦人之友 第二十九巻第十号」1935(昭和10)年10月1日 |
入力者 | 門田裕志 |
校正者 | noriko saito |
公開 / 更新 | 2020-03-05 / 2020-02-21 |
長さの目安 | 約 30 ページ(500字/頁で計算) |
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一
父は旅行、母は買物、兄は散歩といふわけで、珍しく民子一人が、縁側で日向ぼつこをしてゐるところへ、取次も乞はず、義一がのつそり庭伝ひにはひつて来た。
「あら、だあれも出なかつた?」
「呼んでもみなかつた。」
「物騒ね。」
「ねらつてゐる奴がゐるからな。」
さう云つて、東義一は、民子の顔をじろ/\見直した。
「へえ、今日は日本の着物を着てるんだな。似合ふよ、なか/\。」
「和服が似合はなかつたら、大変だわ。」
「自信がある人は違ふよ。」
「さういふ風に取るのは、いけないわ。」
「おい、ピンポンしよう。」
「駄目よ、相手に取つて不足だわ。」
「生意気云つてらあ。しかし、今日あたり、奥村がやつて来さうなもんだなあ。」
「あの方、あんまり真剣で、こはいわ。でも、今度は決勝戦なの。」
「あいつ、なんでもむきになる性だからなあ。お父さんは何処へ行つたの?」
「舞鶴よ。姉さんのとこの子供が、見たいらしいのよ。」
「さう/\、男の子だ。民ちやんも早く見せてあげるといゝや。」
が、それには答へないで、民子は、自分も来年は二十二だといふ考が、ふと、頭に浮んだ。
東義一は、海軍大尉で、軍令部出仕の参謀であつた。同郷の関係で、兵学校時代から、父が保証人になつてゐた上に、近頃では、外務省に勤めてゐる兄の速男とも仲好しになり、かうして、月に一度か二三度は、きまつて訪ねて来るのである。軍人らしい磊落な半面に、何処か冷徹なところがあり、それだけ人物が複雑なやうに思はれた。
父の南条宇吉は、長く欧洲航路の船長をしてゐたのが、今は職を退いて気楽な余生を送れる身分でありながら、ぢつとしてゐるのが嫌ひな性分で、その後も二三の海運事業に関係したりして、実際以上に忙しさうな風をしてゐるのである。豊かな見聞をもつてゐるせゐか、あまり窮屈な掟を設けない代り、何かよくないことをする人間を見ると、「あいつは日本人の名折れだ」と、罵倒するのが癖であつた。
この父は、上の娘を「商人」にやつたから、下の娘は「銭勘定のわからん男」にやつてもいゝなどと、戯談半分に云ふくらゐだから、それとなく、この海軍大尉に眼をつけてゐることは、民子自身にもわかつてゐたのである。
「兄貴はどうしたの。」
「球突でせう。あ、さうだわ。まだ御存じないのね。兄さん、また外国行よ。」
「今度は何処?」
「土耳古なの。悦んでるわ。文明国はもう厭き厭きだつて……。」
「大きく出たね。しかし、土耳古のモダン・ガールと来たら凄いんだぜ。で、何時発つの。」
「まだ内命だけでわからないんだけど、来月早々らしいわ。」
「来月つて云つたつて、もう幾日もないぢやないか。」
「さうよ。桜が散つてしまつた頃、送別会をするつてことになるんでせう。」
さういふ話をしてゐるうちに、民子は、妙に淋しい気持がして来た。二年前に、久々で仏蘭西から帰つて来た兄が…