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放浪者
ほうろうしゃ
作品ID43851
著者岸田 国士
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集16」 岩波書店
1991(平成3)年9月9日
初出「オール読物 第五巻第四号」1950(昭和25)年4月1日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-12-03 / 2014-09-16
長さの目安約 24 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 二十年ぶりでヨーロッパから帰つて来た旧友のFは、相も変らず話好きで、訪ねて来るたびに、なにかしら突拍子もない話題をひつさげて来る。
 彼は生れながらのヴァガボンドである。母の胎内にゐる頃、すでにすまいを三度もかへたといふし、小学校へあがるまで北海道から九州へかけて県庁所在地を転々とし、中学は一年二年を山口、三年を金沢、四年に台北へ移つて、そこでやつと五年を終へたのである。
 画家を志望したのも、特別に絵が好きだといふ理由以外に、どこででも仕事ができるといふこと、わけても、海外旅行の機会が比較的たやすく得られるやうな気がしたからである。
 家からの仕送りもろくにないのに、それでも東京へ出て二、三年あちこちの画塾へ通ひ、それも面倒になつて、たうとう、日本を飛びだした。もちろん、旅費など満足に持つてゐやう筈はなく、ただぶらりと神戸から貨物船に乗り込み、そのまま、マルセイユでぶらりと船を降りたのである。
 それから後は、なにをしてゐたかわからぬ。時折の便りには、呑気さうにパリの貧乏生活を吹聴してよこした。それにしても、画のことなどはまるで忘れたやうな調子で、やれ、グラン・ブウルバアルのカフエがどうの、やれ、ポーランドの女学生がどうの、といふやうな他愛もないことばかり書きつらねてある手紙を、私は、なんど読まされたか。
 ところが、今度の欧洲戦争がはじまつてから、ぷつつり音信が絶えたと思つてゐると、例の欧洲からの交換船で送り帰されて来た。
「どうだい、絵の方は?」
 私は、久々で彼の顔を見ると、まづ、さう訊ねないではゐられなかつた。
「なに? 絵? そんなものはどうだつていいさ。第一、絵なんぞ描いてたんぢや、腹がすくばかりだ」
「ふむ。ぢや、どうすれば腹がふくれるんだい?」
「腹か、腹はな、これだよ」
 と、彼は、両手を前に差し出して、十本の指を握つたり、伸ばしたりしてみせた。
「なんだい、それや?」
「わからんか。按摩だ」
 彼は、なんでもやつてみたが、これが一番飯のたしになるといふことを発見した。
「相手は、日本人と限つたわけぢやあるまい」
「もちろん。どこ人だつて肩は張るし、腰をもんでやると、好い気持だつて言ふよ」
「女でもか」
「こつちで断る手はないやね」
 にやりとして、彼はうそぶく。
 ある日のこと、一本のビールに陶然として、彼は、こつちで訊きもせぬ諸国美人の品定めをしはじめたが、ふと、眼の色を変へて、
「さういへば、今度の帰りの船で、とてつもない男と一緒になつたよ。年はおれより五つ六つ上だと思ふが、素姓はまるでわからない。別に隠してゐるわけでもないが、あんまり辻褄の合ふ話でもないんだ。外交官崩れのやうでもあり、新聞社関係のやうでもあり、そのくせ、医者の免状を持つてるともいひ、参謀本部の廻し者みたいな口ぶりでもある、といふ風な、変な人物さ。なにしろ、フラン…

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