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初雪
はつゆき |
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作品ID | 43866 |
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原題 | PREMIERE NEIGE |
著者 | モーパッサン ギ・ド Ⓦ |
翻訳者 | 秋田 滋 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「モオパツサン短篇集 初雪 他九篇」 改造文庫、改造社出版 1937(昭和12)年10月15日 |
入力者 | 京都大学電子テクスト研究会入力班 |
校正者 | 京都大学電子テクスト研究会校正班 |
公開 / 更新 | 2005-07-27 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 21 ページ(500字/頁で計算) |
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長いクロワゼットの散歩路が、あおあおとした海に沿うて、ゆるやかな弧を描いている。遥か右のほうに当って、エストゥレルの山塊がながく海のなかに突き出て眼界を遮り、一望千里の眺めはないが、奇々妙々を極めた嶺岑をいくつとなく擁するその山姿は、いかにも南国へ来たことを思わせる、うつくしい眺めであった。
頭を囘らして右のほうを望むと、サント・マルグリット島とサント・オノラ島が、波のうえにぽっかり浮び、樅の木に蔽われたその島の背を二つ見せている。
この広い入江のほとりや、カンヌの町を三方から囲んで屹立している高い山々に沿うて、数知れず建っている白堊の別荘は、折からの陽ざしをさんさんと浴びて、うつらうつら眠っているように見えた。そして遥か彼方には、明るい家々が深緑の山肌を、その頂から麓のあたりまで、はだれ雪のように、斑に点綴しているのが望まれた。
海岸通りにたち並んでいる家では、その柵のところに鉄の格子戸がひろい散歩路のほうに開くように付けてある。その路のはしには、もう静かな波がうち寄せて来て、ざ、ざあッとそれを洗っていた。――うらうらと晴れ亙った、暖かい日だった。冬とは思われない陽ざしの降り濺ぐ、なまあたたかい小春日和である。輪を囘して遊んでいる子供を連れたり、男と何やら語らいながら、足どりもゆるやかに散歩路の砂のうえを歩いてゆく女の姿が、そこにもここにも見えた。
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この散歩路のほうに向って入口のついた、小粋な構えの小さな家が一軒あったが、折しもその家から若い女がひとり出て来た。ちょっと立ちどまって散歩をしている人たちを眺めていたが、やがて微かな笑みを洩すと、いかにも大儀そうに、海のほうに向けて据えてある空いたベンチのところまで歩いて行った。ほんの二十歩ばかり歩いただけなのに、もう疲れてしまったらしい、喘ぐような息遣いをしながら、そのベンチに腰を下ろした。蒼ざめた顔はこの世のひとの顔とも思われない。そして頻りに咳をした。彼女はそのたびに、自分の精根を涸らしてしまう、込み上げて来るその動揺をおさえようとするためなのであろう。透き通るような白い指をその脣に押しあてた。
彼女は燕が幾羽となく飛び交っている、目映いばかりに照りはえた青空を見上げたり、遠くエストゥレル山塊の気まぐれな峯の姿を眺めたり、また近く足もとに寄せて来る静かな海の綺麗な紺碧の水にじッと視入ったりしていた。
やがて彼女はまたしてもにっこり笑った。そして呟くように云った。
「ああ! あたしは何て仕合わせなんだろう」
けれども彼女は、遠からず自分が死んでゆく身であることを知らぬではなく、二度と再び春にめぐり遇えると思っているのでもなかった。一年たった来年の今頃ともなれば、自分の前をいま歩いてゆく同じ…