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日曜日から日曜日まで
にちようびからにちようびまで
作品ID4387
著者南部 修太郎
文字遣い旧字旧仮名
底本 「三田文学」 三田文学会
昭和11(1936)年1月1日
入力者小林徹
校正者松永正敏
公開 / 更新2003-12-20 / 2014-09-18
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 日曜日――。
 明方四時頃例に依り輕い喘息發作に眼が覺める。アストオル吸入で發作を鎭めて再び眠りに就いたが、この一ヶ月近く毎朝さうして眠りを中斷されるのは叶はない。幸ひ重い發作に進まないので實際助かるが、明方のシインとした寢臺に自分の喘鳴と吸入操作のゴム球の音に一人耳を傾けてゐると、三つで喘息持になつてから既に四十一年、何と息苦しい一生を過して來た事かなどとつくづく思ふ。
 九時過ぎ起床。パンに紅茶、ボイルド・エツグにサラダとお極りの朝食を濟ますと、ざつと新聞に眼を通し、すぐ洋服に着換へて三田四國町の久保田万太郎邸へ行く。昨日の夕刊で奧さんの思掛ない死去を知つたからだ。玄關先の混雜の中で久保田さんに會つて弔意を述べ、二階へ上つて棺前に禮拜する。水上瀧太郎、小泉信三の兩先輩、その他水木京太、勝本清一郎、高橋邦太郎などに會ふ。多方面の弔問客の來往する間、水木、勝本達と夕方まで棺前に侍してゐた。飾られた奧さんの寫眞が眼に就く度ごと、母に先立たれた一人息子の耕一君の不幸不運が身に染みて感じられた。今年の六月妻が乳癌の手術を受けて退院して來たあと、自分は二人の子供達のために今後の自重養生を聊かくどいほどに説き頼んだ。幼少の子供が母に先立たれるなどは自分には考へても恐ろしい。耕一君が前夜のお通夜の疲れを近所の知己の家で休めてゐるといふ話を聞きながら、人知れず胸の迫るやうな氣持だつた。
 夕方、同じく弔問に來た佐佐木茂索とともに暇を告げて銀座へ出た。資生堂で簡單に夜食。暫く銀座通を散歩したが、冷冷とした夜氣の肌寒さに不安を感じて佐佐木と別れ八時過ぎ歸宅。入浴してから一時頃まで「トウルウ・デテクテイヴ・ミステリイス」の十二月號に讀み耽る。

 月曜日――。
 十時近く起床。陰鬱な曇り日。相變らず氣分が重く、體の疲れの脱けきれない感じ。月初めから月なかばまで朝毎の喘息發作を冐しながら仕事に無理を重ねたせゐもあるのだが、どうも晩秋は自分には快適でない。去年もちやうど今頃二十日ばかり床に就いてゐた。
 朝食の時、妻の話に、今朝もまた新しい刑事が二人來て、出入り商人に就いて何か聞き込みはないかと尋ねたさうだ。十日ほど前に家の半町ほど先に起つた女中殺しのためだが、住み馴れて既に二十六年、東京市内にもこんな閑靜な好ましい屋敷町はさうあるまいと思つてゐた[#「思つてゐた」は底本では「思つつてゐた」]ほどの町内も、あの騷ぎですつかり臺無しにされた感じ。不快この上もない。袋地の奧にある自分の家、出入りの度毎に厭やでも眼に著くのだが、古い日本家を洋風まがひに造りなほした、さう言へば如何にもそれらしい變に陰氣臭い感じの小住宅で、殺された女中の可憐な一田舍娘らしい容姿もぼんやり自分の頭に殘つてゐる。それにしても、近頃盛に探偵小説を愛讀する自分だが、小説の上ではスリリングな殺人事件も現實に近所に起…

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