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黒ぶだう
くろぶどう |
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作品ID | 4408 |
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著者 | 宮沢 賢治 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「新修宮沢賢治全集 第十一巻」 筑摩書房 1979(昭和54)年11月15日 |
入力者 | 林幸雄 |
校正者 | 土屋隆 |
公開 / 更新 | 2007-06-09 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 5 ページ(500字/頁で計算) |
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仔牛が厭きて頭をぶらぶら振ってゐましたら向ふの丘の上を通りかかった赤狐が風のやうに走って来ました。
「おい、散歩に出ようぢゃないか。僕がこの柵を持ちあげてゐるから早くくぐっておしまひ。」
仔牛は云はれた通りまづ前肢を折って生え出したばかりの角を大事にくぐしそれから後肢をちゞめて首尾よく柵を抜けました。二人は林の方へ行きました。
狐が青ぞらを見ては何べんもタンと舌を鳴らしました。
そして二人は樺林の中のベチュラ公爵の別荘の前を通りました。
ところが別荘の中はしいんとして煙突からはいつものコルク抜きのやうな煙も出ず鉄の垣が行儀よくみちに影法師を落してゐるだけで中には誰も居ないやうでした。
そこで狐がタン、タンと二つ舌を鳴らしてしばらく立ちどまってから云ひました。
「おい、ちょっとはひって見ようぢゃないか。大丈夫なやうだから。」
犢はこはさうに建物を見ながら云ひました。
「あすこの窓に誰かゐるぢゃないの。」
「どれ、何だい、びくびくするない。あれは公爵のセロだよ。だまってついておいで。」
「こはいなあ、僕は。」
「いゝったら、おまへはぐづだねえ。」
赤狐はさっさと中へ入りました。仔牛も仕方なくついて行きました。ひひらぎの植込みの処を通るとき狐の子は又青ぞらを見上げてタンと一つ舌を鳴らしました。仔牛はどきっとしました。
赤狐はわき玄関の扉のとこでちょっとマットに足をふいてそれからさっさと段をあがって家の中に入りました。仔牛もびくびくしながらその通りしました。
「おい、お前の足はどうしてさうがたがた鳴るんだい。」赤狐は振り返って顔をしかめて仔牛をおどしました。仔牛ははっとして頸をちゞめながら、なあに僕は一向家の中へなんど入りたくないんだが、と思ひました。
「この室へはひって見よう。おい。誰か居たら遁げ出すんだよ。」赤狐は身構へしながら扉をあけました。
「何だい。こゝは書物ばかりだい。面白くないや。」狐は扉をしめながら云ひました。支那の地理のことを書いた本なら見たいなあと仔牛は思ひましたがもう狐がさっさと廊下を行くもんですから仕方なく又ついて行きました。
「どうしておまへの足はさうがたがた鳴るんだい。第一やかましいや。僕のやうにそっとあるけないのかい。」
狐が又次の室をあけようとしてふり向いて云ひました。
仔牛はどうもうまく行かないといふやうに頭をふりながらまたどこか、なあに僕は人の家の中なんぞ入りたくないんだ、と思ひました。
「何だい、この室はきものばかりだい。見っともないや。」
赤狐は扉をしめて云ひました。僕はあのいつか公爵の子供が着て居た赤い上着なら見たいなあと仔牛は思ひましたけれどももう狐がぐんぐん向ふへ行くもんですから仕方なくついて行きました。
狐はだまって今度は真鍮のてすりのついた立派なはしごをのぼりはじめました。どうして狐さんはあ…