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化物丁場
ばけものちょうば |
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作品ID | 4415 |
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著者 | 宮沢 賢治 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「新修宮沢賢治全集 第十四巻」 筑摩書房 1980(昭和55)年5月15日 |
入力者 | 林幸雄 |
校正者 | 今井忠夫 |
公開 / 更新 | 2003-01-13 / 2014-09-17 |
長さの目安 | 約 11 ページ(500字/頁で計算) |
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五六日続いた雨の、やっとあがった朝でした。黄金の日光が、青い木や稲を、照してはゐましたが、空には、方角の決まらない雲がふらふら飛び、山脈も非常に近く見えて、なんだかまだほんたうに霽れたといふやうな気がしませんでした。
私は、西の仙人鉱山に、小さな用事がありましたので、黒沢尻で、軽便鉄道に乗りかへました。
車室の中は、割合空いて居りました。それでもやっぱり二十人ぐらゐはあったでせう。がやがや話して居りました。私のあとから入って来た人もありました。
話はここでも、本線の方と同じやうに、昨日までの雨と洪水の噂でした。大抵南の方のことでした。狐禅寺では、北上川が一丈六尺増したと誰かが云ひました。宮城の品井沼の岸では、稲がもう四日も泥水を被ってゐる、どうしても今年はあの辺は半作だらうと又誰か言ってゐました。
ところが私のうしろの席で、突然太い強い声がしました。
「雫石、橋場間、まるで滅茶苦茶だ。レールが四間も突き出されてゐる。枕木も何もでこぼこだ。十日や十五日でぁ、一寸六ヶ敷ぃな。」
ははあ、あの化物丁場だな、私は思ひながら、急いでそっちを振り向きました。その人は線路工夫の半纒を着て、鍔の広い麦藁帽を、上の棚に載せながら、誰に云ふとなく大きな声でさう言ってゐたのです。
「あゝ、あの化物丁場ですか、壊れたのは。」私は頭を半分そっちへ向けて、笑ひながら尋ねました。鉄道工夫の人はちらっと私を見てすぐ笑ひました。
「さうです。どうして知ってゐますか。」少し改った兵隊口調で尋ねました。
「はあ、なあに、あの頃一寸あすこらを歩いたもんですから。今度は大分ひどくやられましたか。」
「やられました。」その人はやっと席へ腰をおろしながら答へました。
「やっぱり今でも化物だって云ひますか。」
「うんは。」その人は大へん曖昧な調子で答へました。これが、私を、どうしても、もっと詳しく化物丁場の噂を聴きたくしたのです。そこで私は、向ふに話をやめてしまはれない為に、又少し遠まはりのことから話し掛けました。
「鉄道院へ渡してから、壊れたのは今度始めてですか。」
「はあ、鉄道院でも大損す。」
「渡す前にも三四度壊れたんですね。」
「はあ、大きなのは三度です。」
「請負の方でも余程の損だったでせう。」
「はあ、やっぱり損だってました。あゝ云ふ難渋な処にぶっつかっては全く損するより仕方ありません。」
「どうしてさう度々壊れたでせう。」
「なあに、私ぁ行ってから二度崩れましたが雨降るど崩れるんだ。さうだがらって水の為でもないんだ、全くをかしいです。」
「あなたも行って働いてゐたのですか。」
「私の行ったのは十一月でしたが、丁度砂利を盛って、そいつが崩れたばかりの処でした。全体、あれは請負の岩間組の技師が少し急いだんです。ああ云ふ場所だがら思ひ切って下の岩からコンクリー使へば善かったんです。それ…