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台川
だいがわ |
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作品ID | 4416 |
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著者 | 宮沢 賢治 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「新修宮沢賢治全集 第十四巻」 筑摩書房 1980(昭和55)年5月15日 |
入力者 | 林幸雄 |
校正者 | 今井忠夫 |
公開 / 更新 | 2003-05-09 / 2014-09-17 |
長さの目安 | 約 16 ページ(500字/頁で計算) |
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〔もうでかけませう。〕たしかに光がうごいてみんな立ちあがる、腰をおろしたみじかい草、かげろふか何かゆれてゐる、かげろふぢゃない、網膜が感じただけのその光だ、
〔さあでかけませう。行きたい人だけ。〕まだ来ないものは仕方ない。さっきからもう二十分も待ったんだ。もっともこのみちばたの青いいろの寄宿舎はゆっくりして爽かでよかったが。
これから又こゝへ一返帰って十一時には向ふの宿へつかなければいけないんだ。「何処さ行ぐのす。」さうだ、釜淵まで行くといふのを知らないものもあるんだな。〔釜淵まで、一寸三十分ばかり。〕
おとなしい新らしい白、緑の中だから、そして外光の中だから大へんいゝんだ。天竺木綿、その菓子の包みは置いて行ってもいゝ。雑嚢や何かもこゝの芝へおろして置いていゝ行かないものもあるだらうから。
「私はこゝで待ってますから。」校長だ。校長は肥ってまっ黒にいで立ちたしかにゆっくりみちばたの草、林の前に足を開いて投げ出してゐる。
〔はあ、では一寸行って参ります。〕木の青、木の青、空の雲は今日も甘酸っぱく、足なみのゆれと光の波。足なみのゆれと光の波。
粘土のみちだ。乾いてゐる。黄色だ。みち。粘土。
小松と林。林の明暗いろいろの緑。それに生徒はみんな新鮮だ。
そしてさうだ、向ふの崖の黒いのはあれだ、明らかにあの黒曜石の dyke だ。こゝからこんなにはっきり見えるとは思はなかったぞ。
よしうまい。
〔向ふの崖をごらんなさい。黒くて少し浮き出した柱のやうな岩があるでせう。あれは水成岩の割れ目に押し込んで来た火山岩です。黒曜石です。〕ダイクと云はうかな。いゝや岩脈がいゝ。〔あゝいふのを岩脈といひます。〕わかったかな。
〔わかりましたか。向ふの崖に黒い岩が縦に突き出てゐるでせう。
あれは水成岩のなかにふき出した火成岩ですよ。岩脈ですよ。あれは。〕
ゆれてるゆれてる。光の網。
〔この山は流紋凝灰岩でできてゐます。石英粗面岩の凝灰岩、大へん地味が悪いのです。赤松とちひさな雑木しか生えてゐないでせう。ところがそのへん、麓の緩い傾斜のところには青い立派な闊葉樹が一杯生えてゐるでせう。あすこは古い沖積扇です。運ばれて来たのです。割合肥沃な土壌を作ってゐます。木の生え工合がちがって見えませう。わかりませう。〕わかるだらうさ。けれどもみんな黙って歩いてゐる。これがいつでもかうなんだ。さびしいんだ。けれども何でもないんだ。
後ろで誰かこゞんで石ころを拾ってゐるものもある。小松ばやしだ。混んでゐる。このみちはずうっと上流まで通ってゐるんだ。造林のときは苗や何かを一杯つけた馬がぞろぞろこゝを行くんだぞ。
〔志戸平のちかく豊沢川の南の方に杉のよくついた奇麗な山があるでせう。あすことこゝとはとても木の生え工合や較べにも何にもならないでせう。向ふは安山岩の集塊岩、こっちは流紋凝灰岩で…