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二十六夜
にじゅうろくや |
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作品ID | 4427 |
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著者 | 宮沢 賢治 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「新修宮沢賢治全集 第九巻」 筑摩書房 1979(昭和54)年7月15日 |
入力者 | 林幸雄 |
校正者 | 土屋隆 |
公開 / 更新 | 2008-03-22 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 35 ページ(500字/頁で計算) |
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旧暦の六月二十四日の晩でした。
北上川の水は黒の寒天よりももっとなめらかにすべり獅子鼻は微かな星のあかりの底にまっくろに突き出てゐました。
獅子鼻の上の松林は、もちろんもちろん、まっ黒でしたがそれでも林の中に入って行きますと、その脚の長い松の木の高い梢が、一本一本空の天の川や、星座にすかし出されて見えてゐました。
松かさだか鳥だかわからない黒いものがたくさんその梢にとまってゐるやうでした。
そして林の底の萱の葉は夏の夜の雫をもうポトポト落して居りました。
その松林のずうっとずうっと高い処で誰かゴホゴホ唱へてゐます。
「爾の時に疾翔大力、爾迦夷に告げて曰く、諦に聴け、諦に聴け、善く之を思念せよ、我今汝に、梟鵄諸の悪禽、離苦解脱の道を述べん、と。
爾迦夷、則ち、両翼を開張し、虔しく頸を垂れて、座を離れ、低く飛揚して、疾翔大力を讃嘆すること三匝にして、徐に座に復し、拝跪して唯願ふらく、疾翔大力、疾翔大力、たゞ我等が為に、これを説きたまへ。たゞ我等が為に、之を説き給へと。
疾翔大力、微笑して、金色の円光を以て頭に被れるに、その光、遍く一座を照し、諸鳥歓喜充満せり。則ち説いて曰く、
汝等審に諸の悪業を作る。或は夜陰を以て、小禽の家に至る。時に小禽、既に終日日光に浴し、歌唄跳躍して疲労をなし、唯唯甘美の睡眠中にあり。汝等飛躍して之を握む。利爪深くその身に入り、諸の小禽、痛苦又声を発するなし。則ち之を裂きて擅に[#挿絵]食す。或は沼田に至り、螺蛤を啄む。螺蛤軟泥中にあり、心柔[#挿絵]にして、唯温水を憶ふ。時に俄に身、空中にあり、或は直ちに身を破る、悶乱声を絶す。汝等之を[#挿絵]食するに、又懺悔の念あることなし。
斯の如きの諸の悪業、挙げて数ふるなし。悪業を以ての故に、更に又諸の悪業を作る。継起して遂に竟ることなし。昼は則ち日光を懼れ又人及諸の強鳥を恐る。心暫くも安らかなるなし、一度梟身を尽して、又新に梟身を得、審に諸の苦患を被りて、又尽ることなし。」
俄かに声が絶え、林の中はしぃんとなりました。たゞかすかなかすかなすゝり泣きの声が、あちこちに聞えるばかり、たしかにそれは梟のお経だったのです。
しばらくたって、西の遠くの方を、汽車のごうと走る音がしました。その音は、今度は東の方の丘に響いて、ごとんごとんとこだまをかへして来ました。
林はまたしづまりかへりました。よくよく梢をすかして見ましたら、やっぱりそれは梟でした。一疋の大きなのは、林の中の一番高い松の木の、一番高い枝にとまり、そのまはりの木のあちこちの枝には、大きなのや小さいのや、もうたくさんのふくろふが、じっととまってだまってゐました。ほんのときどき、かすかなかすかなため息の音や、すゝり泣きの声がするばかりです。
ゴホゴホ声が又起りました。
「たゞ今のご文は、梟鵄守護章…