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林の底
はやしのそこ |
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作品ID | 4437 |
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著者 | 宮沢 賢治 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「新修宮沢賢治全集 第十巻」 筑摩書房 1979(昭和54)年9月15日 |
入力者 | 林幸雄 |
校正者 | 今井忠夫 |
公開 / 更新 | 2003-05-09 / 2014-09-17 |
長さの目安 | 約 12 ページ(500字/頁で計算) |
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「わたしらの先祖やなんか、
鳥がはじめて、天から降って来たときは、
どいつもこいつも、みないち様に白でした。」
「黄金の鎌」が西のそらにかゝつて、風もないしづかな晩に、一ぴきのとしよりの梟が、林の中の低い松の枝から、斯う私に話しかけました。
ところが私は梟などを、あんまり信用しませんでした。ちょっと見ると梟は、いつでも頬をふくらせて、滅多にしゃべらず、たまたま云へば声もどっしりしてますし、眼も話す間ははっきり大きく開いてゐます、又木の陰の青ぐろいとこなどで、尤もらしく肥った首をまげたりなんかするとこは、いかにもこゝろもまっすぐらしく、誰も一ペんは欺されさうです。私はけれども仲々信用しませんでした。しかし又そんな用のない晩に、銀いろの月光を吸ひながら、そんな大きな梟が、どんなことを云ひ出すか、事によるといまの話のもやうでは名高いとんびの染屋のことを私に聞かせようとしてゐるらしいのでした、そんなはなしをよく辻棲のあふやうに、ぼろを出さないやうに云へるかどうか、ゆっくり聴いてみることも、決して悪くはないと思ひましたから、私はなるべくまじめな顔で云ひました。
「ふん。鳥が天から降ってきたのかい。
そのときはみんな、足をちゞめて降って来たらうね。そしてみないちやうに白かったのかい。どうしてそんならいまのやうに、三毛だの赤だの煤けたのだの、斯ういろいろになったんだい。」
梟ははじめ私が返事をしだしたとき、こいつはうまく思ふ壺にはまったぞといふやうに、眼をすばやくぱちっとしましたが、私が三毛と云ひましたら、俄かに機嫌を悪くしました。
「そいつは無理でさ。三毛といふのは猫の方です。鳥に三毛なんてありません。」
私もすっかり向ふが思ふ壺にはまったとよろこびました。
「そんなら鳥の中には猫が居なかったかね。」
すると梟が、少しきまり悪さうにもぢもぢしました。この時だと私は思ったのです。
「どうも私は鳥の中に、猫がはひってゐるやうに聴いたよ。たしか夜鷹もさう云ったし、烏も云ってゐたやうだよ。」
梟はにが笑ひをしてごまかさうとしました。
「仲々ご交際が広うごわすな。」
私はごまかさせませんでした。
「とにかくほんたうにさうだらうかね。それとも君の友達の、夜鷹がうそを云ったらうか。」
梟は、しばらくもぢもぢしてゐましたが、やっと一言、
「そいつはあだ名でさ。」とぶっ切ら棒に云って横を向きました。
「おや、あだ名かい。誰の、誰の、え、おい。猫ってのは誰のあだ名だい。」
梟はもう足を一寸枝からはづして、あげてお月さまにすかして見たり、大へんこまったやうでしたが、おしまひ仕方なしにあらん限り変な顔をしながら、
「わたしのでさ。」と白状しました。
「さうか、君のあだ名か。君のあだ名を猫といったのかい。ちっとも猫に似てないやな。」
なあにまるっきり猫そっくりなんだと思ひ…