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玉突の賦
たまつきのふ |
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作品ID | 44381 |
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著者 | 岸田 国士 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「岸田國士全集20」 岩波書店 1990(平成2)年3月8日 |
入力者 | tatsuki |
校正者 | 小林繁雄、門田裕志 |
公開 / 更新 | 2006-03-31 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 6 ページ(500字/頁で計算) |
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「いくつお突きなります」
「さあ、しばらく突かないんですが……」
玉突く男は曲者。
三十? 四十? 五十? …………
「ぢや、百にして見て下さい」
――こいつ、百なもんか!
「どうぞ」
「さうですか」
コツン、コツリン……。
――ふたあつ……。
コチツ、ポツン……。
――ふたつ当り……。
やれ、やれ。
「しつかりおやんなさいよ」――ゲーム取りのおきみちやんが眼で怒鳴る。
まづ、煙草を一ぷく。
――いつうつ…………なゝあつ…………とおお…………十三…………十六…………
おれは時間を空費してゐる。
こいつは上等な××タマだ。
厚く当れば開く。
薄く舐めれば棒になる。
押せば狂ふ。
引けば逃げる。
こいつは上等な××タマだ。
が、扨て、弱つた。
そつと空クシヨン。
――よせ、よせ。
軽くマツセ。
――あぶない。
えゝい、まゝよ、ピチン。
くそ、ミツスか。
「おきみちやん、ぼく、あといくつ?」
「まだ一本返りません」
「むかうさんは?」
「十八ゲーム」
「むかうさんも、お当りにならないな」
「おつと、そこには、お茶碗があつてよ」
「大まわし…………」
「いや、まづ、こつちから…………」
こいつ、きたたい[#「きたたい」はママ]。
「引つ張つた!」
「先玉が帰つて来ない」
うそつけ。
「当りゲーム」
「どうぞ」
「失礼」
なんだ、あの腰つきは。
おきみちやんが、鉛筆をしやぶり出した。
「百ぢや、少しお強かない、この方?」
おきみちやん、察してくれ。
おれも男だ。
おまへは女だ。
おきみちやん、この方は泥棒だよ。
牧場のやうな緑色の羅紗の上を、魂のやうに、白玉と赤玉とが、緩く、速く、思ひ思ひの方角に走つて行く。
電燈がつけば、ぱツと象牙の肌が光る。
おきみちやんが、しびれた股のあたりを撫ではじめる。
水色の襟に囲まれた、その三角の胸が波をうつ。
「もう一度いかゞ」
男と男とは、敵意と友情とをほどよく交へた眼で、さりげなく笑ひ合ふ。
「いざ」
「いざ」
棒を取つて立ち上る。
この槍で、あの胸元を、やツと一と突き。
待て、待て、チヨークがついてない。
「どうぞ」
「お先へ」
無銭遊興者の後姿は寂しい。
彼も遂に、道楽の味を解しないと見える。
そして、このおれに、二度頭を下げた彼
憫れむべき無銭遊興者、この野郎!
おきみちやん、もう何んとか云へよ。
寄せては散らし、散らしては寄せ……
あゝ、此の妙技、老ひたる母に見せたし。
彼女は云ふならん――
「お前、何時の間に、そんなに玉突が上手になつたんだえ」と。
おれは云ふならん――
「えゝ、でも、もつと上手な人がゐますよ」
「ほんとかい」と彼女は、疑ふならん。
それから、わが愛する妻に見せたし。
彼女は云ふなら…