えあ草紙・青空図書館 - 作品カード
楽天Kobo表紙検索
![]() じゅうがつのすえ |
|
作品ID | 4442 |
---|---|
著者 | 宮沢 賢治 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「新修宮沢賢治全集 第八巻」 筑摩書房 1979(昭和54)年5月15日 |
入力者 | 林幸雄 |
校正者 | 久保格 |
公開 / 更新 | 2002-11-20 / 2014-09-17 |
長さの目安 | 約 11 ページ(500字/頁で計算) |
広告
広告
嘉ッコは、小さなわらぢをはいて、赤いげんこを二つ顔の前にそろへて、ふっふっと息をふきかけながら、土間から外へ飛び出しました。外はつめたくて明るくて、そしてしんとしてゐます。
嘉ッコのお母さんは、大きなけらを着て、縄を肩にかけて、そのあとから出て来ました。
「母、昨夜、土ぁ、凍みだぢゃぃ。」嘉ッコはしめった黒い地面を、ばたばた踏みながら云ひました。
「うん、霜ぁ降ったのさ。今日は畑ぁ、土ぁぐぢゃぐぢゃづがべもや。」と嘉ッコのお母さんは、半分ひとりごとのやうに答へました。
嘉ッコのおばあさんが、やっぱりけらを着て、すっかり支度をして、家の中から出て来ました。
そして一寸手をかざして、明るい空を見まはしながらつぶやきました。
「爺ん[#「ん」は小書き]ごぁ、今朝も戻て来なぃがべが。家でぁこったに忙がしでば。」
「爺ん[#「ん」は小書き]ごぁ、今朝も戻て来なぃがべが。」嘉ッコがいきなり叫びました。
おばあさんはわらひました。
「うん。けづな爺ん[#「ん」は小書き]ごだもな。酔たぐれでばがり居で、一向仕事助けるもさないで。今日も町で飲んでらべぁな。うなは爺ん[#「ん」は小書き]ごに肖るやなぃぢゃぃ。」
「ダゴダア、ダゴダア、ダゴダア。」嘉ッコはもう走って垣の出口の柳の木を見てゐました。
それはツンツン、ツンツンと鳴いて、枝中はねあるく小さなみそさゞいで一杯でした。
実に柳は、今はその細長い葉をすっかり落して、冷たい風にほんのすこしゆれ、そのてっぺんの青ぞらには、町のお祭りの晩の電気菓子のやうな白い雲が、静に翔けてゐるのでした。
「ツツンツツン、チ、チ、ツン、ツン。」
みそさざいどもは、とんだりはねたり、柳の木のなかで、じつにおもしろさうにやってゐます。柳の木のなかといふわけは、葉の落ちてカラッとなった柳の木の外側には、すっかりガラスが張ってあるやうな気がするのです。それですから、嘉ッコはますます大よろこびです。
けれどもたうとう、そのすきとほるガラス函もこはれました。それはお母さんやおばあさんがこっちへ来ましたので、嘉ッコが「ダア。」と云ひながら、両手をあげたものですから、小さなみそさざいどもは、みんなまるでまん円になって、ぼろんと飛んでしまったのです。
さてみそさざいも飛びましたし、嘉ッコは走って街道に出ました。
電信ばしらが、
「ゴーゴー、ガーガー、キイミイガアアヨオワア、ゴゴー、ゴゴー、ゴゴー。」とうなってゐます。
嘉ッコは街道のまん中に小さな腕を組んで立ちながら、松並木のあっちこっちをよくよく眺めましたが、松の葉がパサパサ続くばかり、そのほかにはずうっとはづれのはづれの方に、白い牛のやうなものが頭だか足だか一寸出してゐるだけです。嘉ッコは街道を横ぎって、山の畑の方へ走りました。お母さんたちもあとから来ます。けれども、この路ならば、お母さ…