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後日譚
ごじつものがたり
作品ID44613
著者岸田 国士
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集24」 岩波書店
1991(平成3)年3月8日
初出「話 第六巻第八号(臨時増刊支那事変一年史)」1938(昭和13)年7月10日
入力者tatsuki
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2005-04-21 / 2014-09-18
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より




 私が文芸春秋社特派員として北支へ行つたのは去年の十月であつた。往復をいれてわづか三週間といふ短い旅であつたが、当時、京漢線方面では、彰徳の攻撃がはじまる前であり、娘子関がまだ落ちず、保定、定県附近には敗残兵が頻々と出没して油断のならぬ頃であつた。石家荘で旧友の飛行部隊長を訪ねたことは「北支物情」のなかへも書いたが、その後、大佐から端書が来て、それにはこんなことが書いてあつた。
「……部下のものがみせてくれたので文芸春秋を読んだ。よく細かなことを覚えてゐるものだと感心した。その節、ステツキを忘れやしなかつたか。多分君のだらうといふことになり、ちやんと本部に保管してあるが、送るのも厄介だし、どうしたものであらう」
 云はれてみれば、出発間際に登山用の先に尖つた金具のついたアツシユのステツキを買ひ込み、軍刀代りについて行つたのを、何処かへ置き忘れて来てしまつたので、これもあちらで道づれになつた「志士」堀内鉄洲氏から異国風の珍しい仕込みを貰ひ、帰りにはそれをついて帰つたのであつた。ところが、その仕込みを、うつかり、たゞのステツキのつもりで内地の汽車の中へ持ち込んだものだから下ノ関で私服の刑事に見とがめられ没収されてしまつた。鞘だけでも紀念にとつて置きたいがと相談してみたが許されなかつた。
 惰性といふものは恐ろしいもので、戦地ならなんでもないことが、内地では怪しからんことになるよき一例をまざまざと見せつけられ、大いに心を引き締めた次第であつた。
 保定で識り合ひになり、一夜をかの「野戦カフエー」で共に飲み明かした御用商五十嵐組の若大将が、先日、ぶらりと東京へやつて来て、電話をかけてよこしたから、私は、彼を銀座の某料亭へ案内し、保定のその後の発展ぶりを聴くことができた。
 そのなかで面白い話は、開店の手続に間違ひがあつて、その晩、憲兵にしたゝか膏を搾られ、「満洲へ引返さうか」と途方に暮れてゐたその「カフエー」の女将は、今や、保定第一の女富豪として国防婦人会々長の肩書もいかめしく、部下の女軍を督励して「サーヴイス報国」に邁進してゐるさうである。
 五十嵐君は半ば同伴の若い細君に聴かせるやうに、太原附近で便乗の列車が匪賊に襲はれた話をしはじめた。



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