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花椰菜
はなやさい
作品ID4466
著者宮沢 賢治
文字遣い新字旧仮名
底本 「新修宮沢賢治全集 第十四巻」 筑摩書房
1980(昭和55)年5月15日
入力者林幸雄
校正者mayu
公開 / 更新2003-01-17 / 2014-09-17
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 うすい鼠がかった光がそこらいちめんほのかにこめてゐた。
 そこはカムチャッカの横の方の地図で見ると山脈の褐色のケバが明るくつらなってゐるあたりらしかったが実際はそんな山も見えず却ってでこぼこの野原のやうに思はれた。
 とにかく私は粗末な白木の小屋の入口に座ってゐた。
 その小屋といふのも南の方は明けっぱなしで壁もなく窓もなくたゞ二尺ばかりの腰板がぎしぎし張ってあるばかりだった。
 一人の髪のもぢゃもぢゃした女と私は何か談してゐた。その女は日本から渡った百姓のおかみさんらしかった。たしかに肩に四角なきれをかけてゐた。
 私は談しながら自分の役目なのでしきりに横目でそっと外を見た。
 外はまっくろな腐植土の畑で向ふには暗い色の針葉樹がぞろりとならんでゐた。
 小屋のうしろにもたしかにその黒い木がいっぱいにしげってゐるらしかった。畑には灰いろの花椰菜が光って百本ばかりそれから蕃茄の緑や黄金の葉がくしゃくしゃにからみ合ってゐた。馬鈴薯もあった。馬鈴薯は大抵倒れたりガサガサに枯れたりしてゐた。ロシア人やだったん人がふらふらと行ったり来たりしてゐた。全体祈ってゐるのだらうか畑を作ってゐるのだらうかと私は何べんも考へた。
 実にふらふらと踊るやうに泳ぐやうに往来してゐた。そして横目でちらちら私を見たのだ。黒い繻子のみじかい三角マントを着てゐたものもあった。むやみにせいが高くて頑丈さうな曲った脚に脚絆をぐるぐる捲いてゐる人もあった。
 右手の方にきれいな藤いろの寛衣をつけた若い男が立ってだまって私をさぐるやうに見てゐた。私と瞳が合ふや俄に顔色をゆるがし眉をきっとあげた。そして腰につけてゐた刀の模型のやうなものを今にも抜くやうなそぶりをして見せた。私はつまらないと思った。それからチラッと愛を感じた。すべて敵に遭って却ってそれをなつかしむ、これがおれのこの頃の病気だと私はひとりでつぶやいた。そして哂った。考へて又哂った。
 その男はもう見えなかった。
 その時百姓のおかみさんが小屋の隅の幅二尺ばかりの白木の扉を指さして
「どうか婆にも一寸遭っておくなさい。」と云った。私はさっきからその扉は外へ出る為のだと思ってゐたのだ。もっとも時々頭の底でははあ騒動のときのかくれ場所だななどと考へてはゐた。けれども戸があいた。そして黒いゴリゴリのマントらしいものを着てまっ白に光った髪のひどく陰気なばあさんが黙って出て来て黙って座った。そして不思議さうにしげしげ私の顔を見つめた。
 私はふっと自分の服装を見た。たしかに茶いろのポケットの沢山ついた上着を着て長靴をはいてゐる。そこで私は又私の役目を思ひ出した。そして又横目でそっと作物の発育の工合を眺めた。一エーカー五百キログラム、いやもっとある、などと考へた。人がうろうろしてゐた。せいの高い顔の滑らかに黄いろな男がゐた。あれは支那人にちがひないと…

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