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山地の稜
さんちのりょう |
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作品ID | 4469 |
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著者 | 宮沢 賢治 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「新修宮沢賢治全集 第十四巻」 筑摩書房 1980(昭和55)年5月15日 |
入力者 | 林幸雄 |
校正者 | mayu |
公開 / 更新 | 2003-01-15 / 2014-09-17 |
長さの目安 | 約 6 ページ(500字/頁で計算) |
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高橋吉郎が今朝は殊に小さくて青じろく少しけげんさうにこっちを見てゐる。清原も見てゐる。たった二人でぬれた運動場の朝のテニスもさびしいだらう。そのいぶかしさうな眼はどこかへ行くならおれたちも行きたいなと云ふのか。それとも私が温床へ水でも灌ぐとこかも知れないと考へてゐるのか。黄いろの上着を着たってきっと働くと限ったわけぢゃないんだぞ。私は今朝は一寸の間つめたい草を見て来たいんだ。だから一人だ。つれて行かない。大事なんだから。
温床とこはれた浴槽。
こゝの細い桑も今はまったくやはらかな芽を出した。その細桑の灰光は明らかで光ってそしてそろってゐる。
すぎなは青く美しくすぎなは青くて透明な露もとまって本当に新らしいのだ。
右手の奥の方では寄宿の窓のガラスも光る。黄ばらのひかり、すぎなと砂利。
これはレールだ。
それから影だ。手帳。
ゆっくり行けば朝のレールは白くひかる。強くて白くかゞやく、
子供のうすい影法師、私は線路の砂利も見る。
ごくあたり前だがぬれてるやうな気もします。
工夫がうしろからいそいで通りこす。横目でこっちを見ながら行く。少し冷笑してゐるらしい。それでもずんずん行ってしまふ。万法流転。流れと早さ。も一人あとから誰か来る。うしろから手帳をのぞき込まうとするのか。それでも一向差支へはない。やっぱり工夫だ。ところが向ふのあの人は工夫ではなかったんだな。大工か何かだったな、どてをのぼって草をこいで行ってしまふ。
この横が土木の似鳥さんの泊ってゐる家だ。女もゐる。そのうちの前で手帳なんかをひろげたって一向気取ったわけぢゃない。
(紙の白と直立。)
一向気取ったわけぢゃない。しなければならなくてしてゐるんだ。けれどももしこれがしんとした蒼黝い空間でならば全くどんなにいいだらう。それでも仕方ない。
低い崖と草。草。東の雲はまっ白でぎらぎら光る。
虎戸の家だ。虎戸があすこの格子からちらっとこっちを見たかもしれない。けれどもどうも仕方ない。あすこの池で魚を釣ってゐるのは虎戸の弟だ。たしかにさうだ。
立派だ。この雲のひかり Sun-beam がまさしく今日もそゝいでゐる。
雲は陽を濾す、雲は陽を濾すとしようかな、白秋にそんな調子がある。
向ふから女の人と子供がやって来る。みたやうな人だ。純哉さんのうちの人だ。知らない風で行かうか。何か云ひさうだ。とまる。
云ふ云ふ。
「まんつ見申したよだど思ったへば豊沢小路のあぃなさんでお出ゃん[#「ん」は小書き]すた。おまめしござんしたすか。」この人がこんなに云ってくれるとは思はなかった。けれども×××××××××××××××××××××とき××××××××××××××××なんだ。
「はあ、おありがどござんす。お蔭でまめしくて居りあん[#「ん」は小書き]す。」純哉さんもおまめしくてと云はうかな、いや…