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横光君といふ人
よこみつくんというひと
作品ID44748
著者岸田 国士
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集27」 岩波書店
1991(平成3)年12月9日
初出「文学界 第二巻第四号(横光利一追悼号)」1948(昭和23)年4月1日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2010-07-15 / 2014-09-21
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

「文芸時代」が創刊されて間もなく、私がたしか第二作の「チロルの秋」を発表した直後、菅忠雄君から同人にならぬかといふ勧誘をうけ、会場はどこだつたか覚えてゐないが、その同人会といふのにはじめて出席した。十数人の血気さかんな同人諸君といつしよに、横光君とも初対面の挨拶をした。その時の印象は特にきわだつてどうといふこともなかつた。その後、住ひが近所であつたりした関係で時々は顔を合はした。年も随分違つてゐたし、それほど親しい友達づきあひではなかつた。しかし、なんとなくうちうちといふ感じがして、たいがいのことはわかり合つてゐるつもりでゐた。極めて無口な方で、こつちから誘ひ出さなければ物を言はぬやうなところもあつたが、いつたん興に乗ると、ずいぶん話のはづむこともあつた。理屈はあまり得意な方ではなく、そのかはり、いろいろなことを、ひとひねりした考へ方で、ずばりと言ひ、それがいつでも、印象的な面白い表現になつてゐて、私を楽ませた。しかも、さういふことがちつとも不自然でなく、彼と対ひ合つてゐると、類のない人柄の温かさが先づこつちの気持をとらへ、彼が自分でもどうすることもできなかつたに違ひない鋭い感受性とナイーヴな好奇心のめまぐるしい交錯を、私はたえず多少の危惧を交へた感嘆の眼で打ち眺めてゐた。作家としての横光君の独自な技法の秘密は、おそらく意識的に奇警な表現を試みることではなく、むしろ、彼にあつては極めて宿命的とも思はれる観念の幻影に身を委せる一途があつたのみである。そこからかの「言葉の盆栽」が滾々として湧き出たのだと思ふ。豊かな才能を含めて、彼のうちにある厳しさと脆さは、人間としての彼に一種の美しい精神の像を与へてゐた。それは例へば英雄の痴情のやうなものかと思ふ。誰にでも感じられる彼の魅力のうちには、九州の「にせさん型」にみるそれと同じものがあつた。年少の友人や読者に特に「思慕」された所以もこゝにあるのではないか。
 横光君がヨーロッパの旅に出る時、私は、送別の言葉として、「日本にもあるものでなく、日本にはないものを観て来てくれるやうに」と言つたことを覚えてゐるが、彼は、やはり、そんなことには無頓着で、徹頭徹尾「旅愁」の人であつた。チロルを通る時に私のことを想ひ出して、娘たちへの土産に可愛らしいリボンを買つて来てくれるといふ人である。
 さう云へば、私がいつか金沢名物の胡桃の飴煮が好きだといふことを話したところ、それから数年たつて、彼は金沢からわざわざそれを一箱送つてよこしたことがある。私は多くの友人の分にあまる心尽しを数々知つてはゐるが、この時の驚きはちよつと特別な性質のもので、横光君といふ「男」の優しさ、なにか真似のできない人懐つこさをしみじみ感じ、それにひきかへて自分の無精を恥かしく思つたことがある。
 序にこんな話もつけ加へよう。私は、そんなこともあつたので、北海道へ…

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