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驟雨(一幕)
しゅうう(ひとまく)
作品ID44776
著者岸田 国士
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集2」 岩波書店
1990(平成2)年2月8日
初出「文芸春秋 第四年第十一号」1926(大正15)年11月1日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2012-02-15 / 2014-09-16
長さの目安約 35 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

人物
朋子

恒子
家政婦

時  六月の午後

所  洋風の客間を兼ねた書斎
[#改ページ]

朋子が割烹着を脱ぎながら、慌ただしくはひつて来る。その後から、家政婦が、何か云ひたさうにしてついて来る。

朋子  さうよ、あれはあれでいゝの。(割烹着を家政婦に渡し、机の前に坐る)あと、ハンケチだけでせう。暇を見て、しといて頂戴。こがさないやうにね。あゝ、それから……その前に一寸お使ひに行つて来てくれない。そこの八百屋に苺が出てるかどうか見て、若し、出てゝも良いのがなかつたら、駅の前まで行つてね。上等のを一箱取つて来て……。
家政婦  おいくらぐらゐのを……。
朋子  いくらでもいゝことよ、良いのでさへあれや……。(ペンを取り上げ、抽斗をさがしながら)あたし一寸、端書を書くから、それも序に入れて来るのよ。さ、支度をして頂戴。(端書を書く)えゝと……。

(家政婦去る。長い間)

朋子  あ、芳沢さん……、今朝来た端書を此処へ一寸……。状差に差してあるでせう、絵端書よ。
家政婦  (端書を持つて来る)これで御座いますか。
朋子  (見ずに受け取り)えゝ、それ……。(見て)これぢやないの。今朝来たのがあるでせう。(笑ひながら)いやね、これは……。

(家政婦、これも笑ひながら去る)

海岸の写真よ、蒲郡つて書いてある……
家政婦  (絵葉書を見ながら現る)
朋子  (引つたくるやうに)どら……。えゝ、これよ。(間)――「二人とも、大層気に入り、四五日逗留の予定……」か。
家政婦  は?
朋子  こつちのこと……。早く支度して頂戴。

(家政婦去る)

朋子  (書きながら)「……それでは、今のうちゆつくり遊んでお置きなさい。旦那様によろしく……」と。芳沢さん、さ、これを持つてつて……。まだなの、支度は……? あ、さうさう、お風呂を見といてね、行く前に……。もうお帰りになる時分だから……。
家政婦  (奥から)もうちやんと沸いてをります。
朋子  さう。(間)そいぢや、なにしてるの、あんた。
家政婦  一寸帯をし直してをりますんです。
朋子  帯なんか、いゝぢやないの、いちいち……。すぐそこなんだもの……。

(玄関の戸が開く音、朋子出て行く。間。――)

譲  (現れる。機械的に机の上の絵葉書を取り上げ、それを読む)
朋子  (続いて現れる)すぐお風呂になさいます?
譲  (返事をしない。そのまゝ、奥に去る)
朋子  (やゝ暗い表情。ぐつたりして椅子による。が、すぐに気を取り直して起ち上る)
譲の声  おい。
朋子  (黙つて奥にはひる)

長い間。
玄関で「御免なさい」といふ女の声。続いて、朋子の「あら……」といふさも意外らしい叫び声。

朋子の声  どうしたの……。どうして帰つて来たの。ひとり?(間)今朝見たわ。(間)えゝ、四五日逗留するつていふから、まだな…

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