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賢婦人の一例(一幕)
けんふじんのいちれい(ひとまく)
作品ID44779
著者岸田 国士
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集2」 岩波書店
1990(平成2)年2月8日
初出「黒潮 第三十二年第一号」1927(昭和2)年1月1日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2012-02-15 / 2014-09-16
長さの目安約 20 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

橋本夫人
渥美登
静間氏
静間弓子
女中

東京の郊外――初冬――午後二時頃。
橋本家の奥座敷。
[#改ページ]

紫檀の机を囲んで座蒲団が四つ。
女中が火鉢に炭をついでゐる。
橋本夫人が現れる。

橋本夫人  その炭は跳ねるから、気をつけてね。
女中  はい。
橋本夫人  それから、きいちやんが、また、お玄関を泥だらけにしたよ。
女中  はい。
橋本夫人  (順々に座蒲団の上に坐つてみながら)ここが登さん、ここが静間さん、それから、ここがお嬢さんと……。(火鉢の中をのぞいて見て)いいから、さ、早くしないともう見える時分だよ。
女中  はい。(十能を持つて去る)
橋本夫人  (床の間の生花を手早く直したりなどする)
女中  (現る)もうお見えになりました。
橋本夫人  どなた? どちら……?
女中  (わかつてはゐるが一寸口へ出ないといふ風に)あのう……。
橋本夫人  いやな人だね。(かう云つて、急いで、玄関の方へ行く)
橋本夫人の声 さあ、どうぞ……。お待ち致してをりました。いいえ、まだ……。あら、そんなことおよしになればいいのに……。(橋本夫人に続いて渥美登現る)
渥美  (あたりを見廻し)なるほど……。
橋本夫人  何がなるほどですの。いいえ、そこは違ひます。あなたは、こちら……(右手の席を指す)
渥美  (座に着きながら)ほんとに、向うは承知なんですか。
橋本夫人  どんなこと?
渥美  どんなことつて、いろんなこと……。なにしろ、あんまり年がちがひすぎますからね。
橋本夫人  今更、なんです。あなたの方の御損にはならないでせう。
渥美  損にならないつたつて……。をかしいなあ。
橋本夫人  何時までも、そんなことをおつしやつてるもんぢやありませんわ。向うさんでいいつておつしやるんだから、それでいいぢやありませんか。近頃の若い娘さんは、なかなか考へてますからね。男は、三十以上でなけれや、一人前とは云へないつていふことをちやんと心得てゐるんですよ。
渥美  えらいことを心得たもんですな。女は二十一になると、そんなことを心得るもんですかね。僕は、なんだか、今度は気が進まないんですがね。年のことばかりぢやないんです。あの写真ぢや、それや、綺麗な娘さんには違ひないけれど、ただそれだけといふ気がしてならないんです。
橋本夫人  写真では、それだけのことがわかればいいんですわ。あとは、追々にわかるんでせう。だから、兎に角、お会ひになつて御覧なさい。
渥美  でも、一度会つたら、断るつていふわけには行きますまい。それや、理窟ぢやいいわけだけれど、人情が許しませんや。
橋本夫人  その人情は、しばらくあたくしがお預りして置きます。勿論、今日一度で、お決めなさいなんて云ひませんわ。そんな馬鹿な法はありませんものね。
渥美  僕が、奥さんにお委せするつて云つたのはですね…

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