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![]() おちばにっき(さんば) |
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作品ID | 44785 |
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著者 | 岸田 国士 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「岸田國士全集2」 岩波書店 1990(平成2)年2月8日 |
初出 | 「中央公論 第四十二年第四号」1927(昭和2)年4月1日 |
入力者 | tatsuki |
校正者 | 門田裕志 |
公開 / 更新 | 2012-02-25 / 2018-01-15 |
長さの目安 | 約 49 ページ(500字/頁で計算) |
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一
東京の近郊――
雑木林を背にしたヴイラのテラス
老婦人
収
アンリエツト
弘
秋の午後――
[#改ページ]
長椅子が二つ、その一方に老婦人、もう一方に青年が倚りかかつてゐる。それが毎日の習慣になつてでもゐるらしく、二人とも、極めて自然に、ゆつたりとした落ちつきを見せて、静かに読書をしてゐる。
老婦人は、純日本式の不断着、ただ、肩から無造作に投げかけた毛皮の襟巻が、さほど不調和に見えないほどの身ごしらへ、身ごなし。
青年は軽快な散歩服。無帽。
収 (書物が手から滑り落ちるのを拾はうともしないで)少し歩きませう。
老婦人 (書物から目をはなさずに)もうあと二三枚……。
収 (起ち上り、黙つて相手が読み終るのを待つ。が、なかなか済みさうもないので、また腰をおろす)
老婦人 (目をあげずに)静かになさいよ。
収 (漠然と)静かにしてゐます。
長い沈黙。
収 (独語のやうに)あなたほどのお年になられても、まだ、ものに凝るやうなことがおありと見えますね。
老婦人 ……。
収 ものに凝るといつても、そのことに熱中する、つまり、われを忘れてどうかうといふやうなことはおありにならないでせう。やめようと思へば、何時でもおやめになれる……。それをやめないでいらつしやるのは、ただ、ほかになさることがないからなんでせう。少くとも、ほかのことをなさるのと、別に違ひはないからでせう……。さうでせう。してみると……。
老婦人 (相変らず目を伏せたまま)また、うるさいから……。
収 (笑ひながら、しつつこく)ねえ、お祖母さま、あなたは、世の中の人間が、みんな、さういふ風に、老眼鏡をかけ、背中を丸くして、宗教の本を読んでゐれば、それで間違はないと思つておいでになるんでせう。
老婦人 間違がなけれや、どうなのさ。やかましいね、ほんとに……(書物を青年の鼻先につきつけ)これが宗教の本ですか。
収 (聊か拍子抜けがしたやうに)なんだ、アナトオル・フランスか……。La Vie en Fleur……。あんな爺にかかり合つてると、ひどい目にあひますよ。
老婦人 余計なことを言つてないで、用意をなさい。(起ち上らうとする)
収 (それを制して)その前に、お祖母さま、一寸、お話しておきたいことがあるんです。(間)此処でもいいでせう。
老婦人 ……?
収 それぢやどうぞ……(と、老婦人を再び座につかせて)変だな、すこし……?
老婦人 なにさ、早く云つたら……。
収 今、言ひます。かういふ話をする時は、そんなに顔を見ないで下さい。
老婦人 あなたが下を向いてゐればいいでせう。それで、わたしに、どうしろといふのさ。
収 もう御存じなんですか。
老婦人 なにを……。まあ、いいから云つてごらん。
間。
収 お祖母さまは、アンリエツトをどういふ処へお嫁にや…