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加藤道夫の死
かとうみちおのし
作品ID44858
著者岸田 国士
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集28」 岩波書店
1992(平成4)年6月17日
初出「文芸 第十一巻第二号」1954(昭和29)年2月1日
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2011-03-24 / 2014-09-16
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 またひとり、作家が自殺した、といふ感じ方でこのニュウスを受けとつた人々がずいぶんたくさんあつたと思ふ。
 私は、とくに身近な友人の一人として、彼が死を撰んだ理由を正確につかみたいのだがいろいろの事情を綜合して考へても、最も重要なたゞ一つの理由を挙げることは不可能だといふ結論に達した。
 彼の所属していた文学座に宛てた遺書に、「芸術上の行き詰り」といふ理由をはつきり告白してゐるけれども、彼が主観的にさう考へることそのことが、われわれには納得しかねるほど、客観的には、多くの支持者に取り巻かれ、多彩な仕事のプランと取り組み、着々それを実行に移してゐたのである。
 彼は、時に、甚だ遅筆らしく見えた。しかし、それは、彼の野心が、彼の想像力を圧倒した時であるやうに思はれる。
 その処女作「なよたけ」は西欧的教養の燈火をかゝげて、わが古典の林に踏み入り、そこに演劇の泉を汲まうとした幼々しい試みが半ば成功したといつていゝ注目すべき新鮮味をもつた戯曲で、彼の劇作家としての力量は既に、この一作によつて高く評価された。
 忘れてならぬことは、この凜然としたところのあるロマンチックな作品が、戦争中に、発表の目当てもなく書かれたことである。
 ニューギニヤ戦線から幸ひに帰還することができた彼は、直ちに自己の体験に基く諷刺劇「エピソード」を発表上演したにも拘はらず、それ以後の作品には、どこか疲労と焦燥の影がみえ、われわれが期待した第二の傑作は容易に生れなかつた。
 その代り、たしかにその代り、彼は、新劇の若いジェネレーションの精神的支柱の一人となり、やゝもすれば目標を見失はうとする一群の後輩の先登に立つて、確信と情熱に満ちた道案内の役をつとめた。
 作家のさういふ役割は、実際において、報いられるところ、あまりに少いのである。
 しかし、彼は、まだまだ仕事を始めたばかりである。
 彼の讃仰おかないジャン・ジロオドゥーは、ルイ・ジュヴェにめぐり会つて、その才能ははじめて見事に花開いたのであつたが、彼は彼の親友芥川比呂志のなかに、いつか、ジュヴェの日本版を発見して、真に好運の緒とする筈であつた。誰も彼も、その日を待つてゐたといつていゝのである。
 彼のやうな死に方をした作家の誰よりも、彼は、この世に残した仕事の量だけについていへば、おそらく非常に少いに違ひない。そのことはまた、一方からいへば、彼ぐらゐ未来への仕事を豊かに残して去つたものはないといへるのではあるまいか。
 こんなことを、私はたゞ気安めの繰り言として言つてゐるのではない。
 今迄、彼と一緒に芝居の仕事をしてゐた人々の心のなかに、新劇の楽屋や稽古場の一隅でぢつと腕組みをして立つてゐる彼の物言ひたげな姿は、おそらく、長い年月の間、生きつゞけることと、私は信じる。それはどこか、予言者めいた、配役の妙を思はせる姿ですらあつた。…

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