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月見の夕
つきみのゆうべ
作品ID4496
著者長塚 節
文字遣い旧字旧仮名
底本 「長塚節全集 第二巻」 春陽堂書店
1977(昭和52)年1月31日
初出「馬醉木 第七號」1903(明治36)年12月23日
入力者林幸雄
校正者今井忠夫
公開 / 更新2004-04-08 / 2014-09-18
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 うちからの出が非常に遲かツたものだから、そこ/\に用は足したが、知合の店先で「イヤ今夜は冴えましようぜこれでは、けさからの鹽梅ではどうも六かしいと思つてましたが、まあこれぢや麥がとれましよう、十五夜が冴えりやあ麥は大丈夫とれるといふんですから、どうかさうしたいものでなどゝいふ主人の話を聞いたりして居たので、水海道を出たのは五時過ぎになツてしまつた、
 尻を十分にまくし揚げてせツせと歩るく、落ちかけた日が斜に照しかけるので、自分のかげはひよろ/\とした尖つた頭になツて、野菊の花や蓼の花を突ツ越して蕎麥畑へ映る、それから粟畑、それから芋畑とだん/\に移つて行く、小山戸を通り拔けて中妻へかゝる、速力はずん/\加はツてくる、かうして歩いて居る間に、少くとも三四人、六七人位の連中が男女混合でよた/\とやツてくるのにでツかはせる、大抵は若い同志で、いづれも草鞋ごしらへである、それがたえずでツかはせる、これらのものはみな大寶がへりなので往復にしては十三四里もあるのだから、少しはびツこ引くのも仕方がないが、草臥れてしまツたといふ鹽梅は多少の滑稽を交へて居る、
 五十恰好のあばた面の婆さんが、これはたんだ一人で左の手でへげ皮の饅頭かなにかの包を持つて頻りに頬張りながらやつて來る、
「八の野郎げ呉れべと思ツて買ツてきたが、小腹が減ツてしやうがねえから一つくひ二つくひ、はあ無くなツちやツた、野郎コンコ奴の假面欲しがツてだから、これやりせえすりや、よさあいゝが、そこらでまた二百がとこも買ツてくべえ
 などゝ思ツて居るのらしい、
 若い衆のなかへ交ツて殊に疲れたといふやうすの娘がある、お納戸の羽織で尻の大なのがいくらか隱れて居る、
「おらへのおツかも解らねえでしやうがねえ、自分のことべえ見て居て、自分で行きたがらねえツたツて、いつでも/\けツかりやがらあなんて怒ツて居やがツて、隣のお稻さんらあ帶までこせえたのに、おらほんとに泣きたくなツちやツたツけや、ゆんべらもいくら粟ぶち忙しいツて、晩くまでやらせて、とう/\あたま結はねツちやツた、けさら闇えに起きたツてあたまゆつたりなにつかしたんで、みんな等に待つてられてせか/\してしやうなかツた、そんでもおらへのおつかはわれが野呂間だからなんて怒つてばかし居やがツて、ゆんべ碌に寢ねえから今日はねむくツてしやうがねえ
 こんなことを思ひつゝ歩行いてるのではないかなどゝ考へるうちに遠くへ行き過ぎてしまふ、
「けふは降られねえで助かツた、お米さんが單衣物借りてきたんで、汚しちや大變だと思つてなんぼ心配したか知れやしねえ
 といひ相なのや
「おらゆんべら、あたまおツこはしちや仕やうねえと思つて夜ツぴてうつぶになツて寢て居たんで、けさら目ぶちが腫れぼツたかツた
 といふのや
「足うツちやりたくなツちやツた
 といふのやいろ/\が、いづれも澁紙のやうな顏…

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